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さて、続きをアップです。
いろいろと参考図書に頼りながら頑張ってます・・・(笑)
週明けから、僕はほとんど倶楽部に顔を出さなくなった。
生徒会の活動には何とか出席をしたものの、普段の放課後は真っ直ぐ独りで帰宅をした。
隣家の野梨子が心配して毎朝(これも普段通りだが)迎えに来ては様子を窺った。
「皆心配してますわよ」
「大丈夫ですよ。ちょっとE・S・P研究会で面倒な課題を出されましてね。
毎日帰宅後はそちらに集中してます」
「そうですの。でもたまには倶楽部にも顔を出して下さいませね?
昼食だけでも一緒に取りたいですわ」
僕は幼馴染に曖昧な笑顔を送った。
そしてその日の昼食も、倶楽部のメンバーとは取らなかった。
僕は毎日帰宅後、自室に籠もっていた。
大学受験に向けての準備に当てたり、同好会の資料を作成したりして時間を過ごした。
週末は東村寺で空手の稽古に励んだ。
何かに集中していないと、心の重圧に負けてしまいそうだったからだ。
できる事なら、このまま倶楽部を解散してしまいたかった。
高等部も三年の後半に入っている。
役員等の引継ぎも早めに済ませ、二年生に任せてしまいたかった。
けれどそれには、やはりメンバーと顔を合わせない訳にはいかない。
まだ僕には、それだけの準備はなされていない。
特に魅録と悠理には・・・会うだけの勇気も持ち合わせていなかった。
あの日からちょうど二週間後、悠理が僕を訪ねて来た。
冬に入ったばかりの日曜日の昼前で、窓辺には暖かな陽光が降り注いでいた。
自室のドアがノックされ、姉が悠理の訪問を告げた。
「悠理ちゃんが来たわよ。部屋に通しても良いでしょ?」
僕はベッドに寝転がり、新書を手にしていた。
でもそれは手にしているだけで頭には全然入って来なかった。
「悠理?」
そう答えただけでドアが開かれた。
そこには既に、悠理が姉の後ろに立っていた。
「病人みたいでしょ?悠理ちゃん」
「清四郎・・・大丈夫か?」
朝起きた時に、何とか顔を洗って歯を磨いただけの状態だった。
「食事もろくに取らないんだから」
「体調が悪いのか?」
「い、いや・・・」
「清四郎、起きなさいよ。悠理ちゃんが来たんだから。お昼も持って来たんですって」
「一緒に食べよ」
「ああ。ありがとう」
僕はやっとの事でベッドの上に起き上がる。
悠理が部屋に入ると、姉はその後ろから僕に向かって意味ありげなウィンクしてドアを閉めた。
彼女はすぐにベッド脇に来て座り込んだ。
暖かそうなセーターにブルージーンを身に付けて、膝にはハンバーガーが入った袋が載っていた。
「どうして倶楽部に来なくなったの?」
「いろいろと忙しいんですよ。野梨子には伝えてありましたが」
「うん。聴いたよ。それにしても、来ないよ」
僕は野梨子の時と同じような、曖昧な笑顔を向ける。
「そんなつもりではないんですがね」
彼女は小さなため息を吐いて立ち上がり、机の前の窓を開け放った。
「空気悪いよ。外はいい天気だ。部屋の中でウジウジしてちゃいけない」
程なく姉がコーヒーポットとマグカップを載せたトレーを持って来た。
悠理がそれを受け取ると「ゆっくりしていってね」と言ってドアを閉めた。
「あたしと魅録の所為?」
唐突に彼女は僕に問う。それは前後に言葉がなくても意味が分かった。
「いや。ただ忙しいだけです」
そう。誰の所為でもない。
もし誰かに責任を問わなくてはいけないのなら、とどのつまり自分の所為だ。
魅録と悠理が恋人同士になったのはむしろ当たり前の事で、自然な成行きと言っても良い。
彼にはそうなるだけの心の温かさがあって僕にはない。
僕はベッドから立ち上がり、彼女に近付く。
背中に軽く手を置いてからポットのコーヒーをマグカップに注ぐ。
マグカップを手渡すと、彼女はそれを持ってベッド脇にまた座り込んだ。
「あたし達の事で気を悪くしてるんだと思うけれど、清四郎とは今まで通りでいたいんだ」
「気を悪くなんてしてないですよ。二人が想い合っているなんて素晴らしい事だし、
僕だけじゃなくてメンバーもみんな喜んでます。
僕はここ最近、研究会やらの資料作成に追われていたし・・・」
初めはそれがコーヒーを膝に零した滲みかと思った。けれど彼女のマグカップは両手でしっかり持たれていた。
ブルージーンの黒い点々とした滲みは、彼女の目から落ちる涙だと気付くのに数秒かかった。
悠理は・・・声を上げずに泣いているのだ。
マグカップを両手で大事そうに持ち、まるでそれをじっくり見るように下を向いて泣いていた。
こんな風に静かに泣く姿を、僕は今まで見た事はない。
僕は彼女に近付き、その手からマグカップを取ってテーブルに置いた。
それから彼女の隣に座り込んで細い肩を抱き寄せた。
支えを失った彼女の両手は宙に浮き、力なく咲く花のようにだらりとしている。
僕はその力ない両手を自分の片手で握り締め、肩に回した手に力を入れて抱き締める。
抵抗はない。
暫くそうしていると、彼女は嗚咽を上げて泣き出した。
だから今度は、両腕をしっかり彼女の細い身体に回して強く抱き締めた。
悠理の体は熱く、濡れた頬に幾重に流れる涙も熱を発しながら僕のシャツに染み込んで行った。
僕はその頬に唇を滑らせ、彼女の唇に重ねた。
口付けは、涙の味がした。
僕にされるままの彼女は、力なく腕に凭れて涙を流し続けた。
長い口付けは彼女の吐息さえも奪い、このまま深い悲しみも、全て、魅録からも奪う事ができたら良いのにと思った。
深い悲しみ?
心に疑問が上がると、それに気付いたように悠理は両手で僕の体を押した。
「ダメだよ」
彼女はそう言いながら何度か首を振り、自分の体を抱え込んだ。
まるで今度は僕に触れさせないと言っているようだ。
「もう、遅いんだ」
「うん・・・悪かった」
急に寒さを感じ、僕は立ち上がって窓を閉め、エアコンディショナーのスウィッチを入れる。
悠理から離れた椅子に座り、マグカップを手にする。
コーヒーは窓からの風で冷めていて、僕は飲むのを諦めた。
「謝んないで。清四郎は何も悪くない」
僕は言葉を失い、彼女はそんな僕を見つめていた。
彼女の頬はもう濡れてはいなかった。
僕はただ、その涙の後を見つめ続けた。
すっかり冷めたコーヒーとハンバーガーを持って僕達はダイニングルームに移動した。
先程まで姉がいてファンヒーターを使っていたのか、部屋は充分に暖まっている。
僕はキッチンでコーヒーとハンバーガーを温め直した。
二人でダイニングのテーブルで向かい合い、それらを胃に収めながら話をする。
「明日からまた倶楽部に顔出してくれる?」
「時間があったら、もちろん」
「良かった。清四郎がいないと有閑倶楽部は成り立たないし、いろんな事決めるの、
やっぱり清四郎じゃないと収拾がつかないんだ」
僕はまた言葉を失う。
「あたしと魅録の所為で、ごめん。本当に」
「いや・・・でも、そう言う事じゃないんだ」
「分かってるよ、あたし。でも分かってないのは、清四郎だよ」
「え?」
びっくりして彼女の顔を見ると、今にも泣き出しそうに微笑んでいる。
もう、泣かない。
けれどその顔は、全てを覚って得た笑顔のようだった。