こちらは有閑倶楽部二次創作小説ブログとオリジナル小説ブログです。 日々の出来事もつぶやいています。 原作者・出版社とは一切無関係です。 誹謗中傷・作品の無断転載は禁止です。 管理人の文章やブログスタイルが合わない方はご遠慮下さい。不快と感じたコメントは削除致します。
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やかんをガスレンジにかけている間にインスタントコーヒーをマグカップに入れる。
やかんの水はコーヒー一杯分。
コーヒー粉末はガラス容器から直接、目分量で。
この動作を朝から五回は繰り返している。
食器棚の真ん中の扉には、ピーナッツバタークリームサンドのクラッカーが入っているのを知っている。
何故なら僕に食べられないように、姉貴がここに隠しているのを昨夜目撃したからだ。
扉の中を覗いている内に、やかんは沸騰を訴えた。
「あちち・・・」
シューシュー言っているやかんからマグカップにお湯を淹れると、飛沫が僕の指に当たる。
思わず、ふうっと鼻からため息が出た。
湯気が立ち込めているマグカップを見つめていると、僕のようにため息を吐く彼女を思い出す。
ここ数日、ずっとそんな感じでいる彼女の事を。
普段とは違う、物思いに耽る彼女は今どうしているのだろう。
僕は流しの前でクラッカーをボリボリ食べながら彼女を思った。
「悠理、どうしてため息ばかり吐いているの?」
放課後の生徒会室の窓際で、壁にもたれて窓の外を見ている。
憂いを帯びた顔なんて、僕は今まで見た事がない。
いつもなら放課後のこの部屋は、彼女が食べる袋菓子の匂いで溢れかえっているのに。
テーブルの上は閑散として、コーヒーカップ一つ置かれてはいない。
「うん?そう?なんでもないよ」
「そうですか?何か、悩み事があるなら、相談に乗りますよ」
「ありがと。大丈夫」
「そう?」
「うん。でも、何かあったら、一番にお願いするかも」
そう言って彼女は、手を振って帰って行った。
僕もつられて手を振り、彼女の後姿を見送る。
でも、何かあったら、一番にお願いするかも。
何かあったら・・・そう、彼女の中で、普段とは違う“何か”がもう始まっているのだ。
気が付くと、流しの中はクラッカーのくずで白くなっていた。
僕はまたため息を吐く。
クラッカーがなくなった事で、きっと姉貴が怒るのだろうと思ったからだ。
とやかく言われる前に、僕は二階の自室に退散する。
手には六杯目のコーヒーを持って。
自室に戻りしばらくするとドアがノックされた。
「はい?」
面倒臭そうに返事をすると、僕の許可を得ずにドアが開けられる。
「ちょっ、ちょっと!勝手に・・・」
姉貴だ。
「何よ」
一瞬見つめ合い、それから頭の中でグルグルとピーナッツバタークリームサンドのクラッカーが回る。
「な、何だよ。勝手に。人の部屋に」
僕はクラッカーの言い訳を探しながら、何食わぬ顔でい続ける。
「ノックしたじゃない。それにお客さんよ!」
キッと睨む姉貴の後ろで、申し訳なさそうな悠理が見え隠れした。
「おや。悠理」
「さ、悠理ちゃんお入りなさい。こんな弟に何のよう?相談なら私が乗るわよ」
「え?本当?じゃあ、和子姉ちゃんに相談しちゃおっかなー」
「おほほっ!いいのよ~♪こいつで頼りなかったら、いつでも私のところにいらっしゃい」
イジワルな視線を僕に投げ、姉貴は背を向ける。
「清四郎にお茶を入れてもらってね。私は出かけるから」
「和子姉ちゃん、デート?」
「ほほ・・・」
そんな訳ないだろ!
口にするとうるさくなりそうなので、僕は横目で見送った。
「どうしました?」
僕は心の乱れを隠しながら、平然と悠理を見る。
彼女はもじもじしながらベッドに腰をかけ、思ったよりも女性らしい、
華奢な指先を見つめている。
こうなると長くなりそうなので、お茶でも持ってきますよと部屋を出た。
今、僕の悩みの種でもある彼女が突然現れて、正直動揺を隠しにくい!
けれど、僕に悩みを打ち明けに来たのだ。
何とか乗ってもやりたかった。
嫌な予感・・・こういう時って、だいたい的中するもの・・・
彼女の為にホットチョコレートと、自分の為にインスタントコーヒー淹れる。
ピーナッツバタークリームサンドのクラッカーを食べきった事を後悔しながら、
トレーに二人分のマグカップを載せて二階に上がった。
「清四郎に、お願いしたい事があってね・・・」
互いの飲み物が冷め、液体が濁り始めた頃に彼女は口を開いた。
「僕にできる事なら」
「うん」
いつになくしおらしい彼女。
まるでその表情は、誰かを想うものとよく似ていた。
「どうした?言ってみてごらん」
「・・・うん」
多少苛立ちも感じ始め、言葉を選びつつもじりじりと迫る僕に彼女は泣き出しそうに言う。
「ごめん。やっぱりムリ!!」
「えーっ!なんで!?」
「だってあたしが好きでも、清四郎はヘンだって言うかも知れないもん!!」
「な、なに?好き?」
「!!」
「誰か好きな人でもできたの!?」
かなりのショックを受けつつも、僕は返事を待つ。
一分、二分・・・
両肩を振って答えさせようと両手を伸ばした時、また僕の部屋のドアが勝手に開いた。
「よっ!」
魅録だった。
「いや~っ!!!」
彼女は魅録を見るなり、大声を上げて帰って行った・・・
悠理の件でちょっと話が、と言う魅録に、先程の一部始終を説明する。
「ああ~、やっぱりね、その話」
「魅録は相手を知っているんですか?」
「まぁね。うぷぷっ」
不気味な笑いをして、悪戯っ子のような(それは悠理も時々する)目を向ける。
「見ず知らずの相手と喧嘩したらしいんだよ」
「はぁ」
「で、その時、その相手のオトコに押し倒されて・・・」
「えっ?男?押し倒す?悠理を?」
「んぷぷっ・・・そうなんだよ。それで、その時」
「ああ、なるほど。押し倒された事がない悠理がそうなって、気分は女の子になった、と」
「うっきっき。ま、そんなとこさ」
何だかちょっと例えられない虚しさを心に抱きながら、僕は問う。
「で、なんで悠理も魅録も、僕にその恋愛の相談なんですかね。
美童とか、可憐になら分かるけど」
「相手の男を知る為に、清四郎の催眠術が必要なんだ」
「はあ?」
更に詳しく、魅録から悠理の一件を聴いた。
「夢で見た相手とは、ね・・・」
「そ、夢で喧嘩した相手に恋しちゃったらしいんだ。くくっ」
「催眠術で夢の相手に、悠理の想いは伝えられないですよ。どんなに僕でも。
夢の原因くらいなら分かるかも、ですがね」
「悠理の初恋も、実らずってな」
「しょうがないですね。上手く言っときますよ」
「想いを伝えて、チョコでも渡したかったのかな?」
僕達は彼女の可愛らしさに微笑んだ。
「また、夢で逢いましょう。想いはその時に、なんてね」
「あ、悠理の事だから、夢が正夢になったりして!」
一瞬、黙り込む。
「・・・ま、良かったですよ。相手が存在しない男で」
「う、うん」
「これで悠理も諦めるでしょ」
すっかり安心した僕を、魅録は横目でジロリと睨む。
「ふうん。ずいぶん嬉しそうだな、清四郎さんよ」
「安心したって言うか、悠理にはいつもの悠理でいて欲しいんで」
「でも、一度は恋を知ったんだぞ?そうなると、今まで通りとはいかないさ」
「どういう意味です?」
「異性を、意識し始めると思うんだ」
「ん?」
分かんねぇーなら、まだいいさ。
魅録は皮肉めいた口調でそう言うと、僕の部屋を出て行った。
「僕の言動に、何か問題でもあったのか?」
心当たりを探してみる。
「正夢になって、僕と魅録がライバルになるとか・・・」
いやいや、あり得ませんって。頭打ってないし。。
僕はまだ彼女に、いつも通りでいて欲しいだけですよ。
まだまだ、ね。