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charm anthology

こちらは有閑倶楽部二次創作小説ブログとオリジナル小説ブログです。 日々の出来事もつぶやいています。 原作者・出版社とは一切無関係です。 誹謗中傷・作品の無断転載は禁止です。 管理人の文章やブログスタイルが合わない方はご遠慮下さい。不快と感じたコメントは削除致します。

2014/03/01

青春は愛し

ご訪問ありがとうございます。
拍手も届いております。こちらもありがとうございます!!

今年に入って重たいお話ばかりでしたので、ちょっと軽めのをアップ♪
間もなく旧サイトも含めて開設7年になりますし。

春の兆しと共に、爽やかな気分になれたら嬉しいです!















珍しく降り積もった冬の名残は、道の端に小さな水溜まりを作っている。
枯れたような桜の枝には小さな芽吹きが見られ、春の匂いは陽気さを与えるが、
それぞれの若い二人はそうでもない。


今、二人の内の一人は桜の木の下のベンチに腰掛け、ページの進まない本を手にしている。
同じ行に何度目を通しても頭に入らない。
けれど彼はその事を気には止めない。
何故なら、彼はその本を何度も繰り返し読んでいたし、彼の関心は全く別の所にあったからだ。

二人目はその彼を通りの向こうに見かける。
彼女はちょうど放課後の個別授業を終え、校門を抜け、この桜並木の通学路を歩いていたのだ。


「清四郎~!」


彼女は声をかける。
その声に彼は振り向き、本を膝に置いて手を振った。


「何してんの?」


彼の傍まで歩み寄り、その前に立ちはだかる。


「ちょっと読書・・・じゃなくて、考え事かな」


自分に質問するように彼は答える。


「悠理は?」


目の前の彼女の存在を一瞬忘れていたかのように、付け加えて訊く。


「個別が終わって帰るとこ」
「ふうん。まあ、こちらにお座りなさい」


彼は自分の長い身体を横にずらし、彼女の分の場所を作る。
彼女は身軽にそこに座った。


「考え事ってな~に?」


無邪気な笑顔にちょっとだけ癒された彼は、けれどその考えの中心になる人物も彼女と思い出して複雑になる。


「うん。でも、大丈夫さ」
「あたし知ってる。野梨子と魅録の事じゃない?」
「う~ん、ま、それもあるかな」
「でも、好き合ってるんだから仕方ないよ」
「そうですね。だからもう大丈夫です。心配要らない」
「心配なのは清四郎だね」
「何故?」
「だって元気ないもの」
「ははは」


二人はそうしてそれぞれの爪先を眺める。


「悠理も、ちょっと元気ないね」
「そう?」
「心配事?魅録がいなくて淋しいとか」
「う~ん、ま、それもあるかな」


清四郎の先程の言葉を、今度は悠理が口にしてみる。


「でも、好き合ってるんだから仕方ないです」
「うん。だから大丈夫。心配要らない」
「心配なのは悠理ですね」


この彼の言葉は本当だった。


「あはは。おんなじ事繰り返して、埒が明かないよ」
「そうですね。僕達はちょっと、互いのパートナーを失って、バランスが悪くなってるだけですね」
「そうそう」


だから、あたしが清四郎の傍にいてあげる。


そう彼女は冗談交じりに彼に提案する、が。


「ありがとう。でも大丈夫。悠理にそんな手間を取らす訳にはいきません」


その言葉が、どんなに彼女を傷付けたのか、彼は知る由もない。


「そっか・・・ところで清四郎、何の本を読んでいるの?」


冬の名残を含む風が、二人の間にぴゅうっと吹いた。



日曜日の夕方、野梨子とのデートを終えた魅録が剣菱邸へとやって来た。
楽しい時間を恋しい人と過ごした彼は満足そうな笑みを見せながら、令嬢の部屋へと入る。


「よっ!」


けれど時の人は、愛らしく飾られたベッドの上でひっくり返っている。


「悠理、元気か?」


忙しく弾むベッドの端に腰かけ、彼は令嬢の顔を覗き込んだ。


「どうした?」
「ううん。別に」
「今日は何してた?」
「今日はここでこうしていた」


ベッド脇のチェストには袋菓子やペットボトルが散乱している。


「魅録とは、違うんだ」
「また、どうして?」
「どうしてって・・・」


けれど、どうして?と彼は思う。
確かに自分は楽しい時間を過ごして来たが、そうするのは、時のご令嬢と朴念仁の為でもあった。


「まだ言ってないの?」
「何を?」
「何をって、悠理の気持ちを清四郎に伝えてないの?」
「伝える必要なんてないもの」
「そんな事はないだろう。野梨子は清四郎が、ずっと前から悠理を好きだと知っている。
今までなら倶楽部のバランスもあったけれど、野梨子と俺、可憐と美童がそれぞれに付き合いだしたんだ。
お前達だって好き合っているなら何も問題ない」
「好き合ってなんか、ないよ」


彼女はそう言うと腹ばいになり、枕元の何かを見つめている。
魅録はその視線の先を追うと、レースの付いた枕から硬い物の角が突き出していた。


「何だこれ?」


彼は無作法に手を伸ばす。


「ダメッ!!」


彼女は枕ごと押さえ込む。


「ナンだよ。いいじゃねぇか」
「ダメダメダメ」


令嬢の脇をくすぐり、きゃっと飛び跳ねた瞬間にその硬い物を引っ張り出した。


「あ・・・」


彼はそれが親友の本だと知る。
つい最近、親友がこの本を鞄に入れるのを見ているから。


「これ」
「うん」
「借りたんだ」
「うん・・・でも、ちっとも読めてない」


本来の持ち主が何度も繰り返し読んでいると分かるくたびれた表紙には、“ヘルマン・ヘッセ  青春はうるわし”と書かれてある。
彼は急に大事そうにその本の表と裏をゆっくり眺めると、彼女にそっと手渡した。


「どうして気持ちを伝えないんだ?」
「だから、さっきも言った。必要ないんだ」
「必要ないって、悠理は清四郎を好きじゃなくなったのか?」


ううん、と頭を左右に振る。それから姿勢を整えてベッドに令嬢らしく横座りする。


「じゃあ言ったらいいだろ?」


今度は強く左右に頭を振る。何度も振る。


「言わなくて、いいんだ」


そうして彼女は、愛しそうに本を両手で包んで見つめる。


「何だ、それ?きっかけが旨く見つけられないんなら、俺が言ってやる」
「いい」
「何でさ?」
「いいから」
「だから・・・」
「いいんだってばっ!」


彼女が強くそう叫ぶものだから、ベッドはまた忙しく弾んだ。
両手の本を抱きかかえ、魅録を強い意志を持つ瞳で見つめている。


「どうした?」


優しくそう訊く彼の目には、悠理の茶色く澄んだ瞳から大きな涙が一滴落ちるのが映る。
落ちた先には、令嬢の白い膝がある。
滴は肌に弾かれてシーツに落ち、音を立てて浸透した。


「清四郎には、あたしが必要ないんだって」
「え?」
「だから、このままでいいんだ」
「言ったのか?」
「うん。野梨子がいなくなって淋しいそうだから、あたしが傍にいてやろうかって言った」
「そしたら?」
「そしたら、あたしにそんな手間を取らせないって・・・」


そこまで言うと、悠理は本を胸に抱えたまま、声を殺して泣き出した。



休日を忙しくする魅録は、今度は朴念仁の自宅へと走る。


玄関先で「部屋にいるわ」と朴念仁の姉に言われ、勝手知ったる他人の家の如く二階に上がる。


「何だって」


と突然言う。


「おや、魅録。どうしました?今日は野梨子とデートでしょ?」


机に向かうもう一人の時の人は、突然の来客に椅子ごとくるりと振り返る。


「何だって、あんな事を悠理に言う?」
「え?」
「悠理だよ。お前、悠理が好きだって俺に前言ったろう。
その時俺は、悠理もお前が好きだと言っただろう?
それなら悠理が傍にいたいと言うのなら、何故そうさせてあげないんだ?」
「悠理に、会ったんですか?」
「ああ、さっき」


まあ、ベッドにでも座って下さい、と勧める。
こちらのベッドは忙しく弾まなかった。
しっくりと魅録の身体を、マットレスは受け止める。


「悠理の、野梨子の代わりに傍にいると言うのは、冗談ではなかったんですね」
「ああ。あいつ、言い回しが下手なんだよ」
「魅録の話を以前から聞いて知っていたから、まさかとは思ったんですがね。
でも、嬉しかったですね。本当ならなおさら、嬉しいです。でも・・・」


でも、と時の人は淋しそうに言う。


「僕は悠理を幸せにできないです」
「なんで?」
「なんで?だって、どうしてあげたら良いか、分からない」
「へ?分からない?傍にいて、普段通りにしてあげればいい。
気持ちが通じ合っているなら、それだけで嬉しいさ」
「そうでしょうか」
「なあ、清四郎」


魅録はベッドから立ち上がり、清四郎の机の端に寄りかかる。


「悠理はいい女だぞ。雑さ満載だけど、いい女だ。
素直で、仲間思いで、大切なものは無条件で愛する。真っ直ぐさ」


清四郎は黒く濃い、長い睫毛を伏せる。


「そのあいつの大切なのは、お前だ。清四郎だ。
だから何にも特別にしなくたって、悠理の傍にいてあげてくれ。
それだけで、あいつは幸せなんだ。俺の言う事、分かるだろ?」


時の人は魅録を見上げ、「うん」と言った。



翌日の月曜日の早朝、剣菱邸へ悠理を迎えに来たのはもちろん清四郎だ。
その日は冬の気配を一掃したような青空で、コートを着忘れるほど暖かだった。
恥らうようにエントランスへ下りて来た悠理は、彼を見て「おはよ」と言う。


「一緒に学校に行こうと思いまして」
「うん」
「ちょっと遠回りだけど、こちらまで伺いました」
「ありがと」
「準備はできてますね」
「うん」
「じゃあ、行きましょうか」


二人で後ろにいる執事に「行ってきます」と元気に言ってエントランスを出る。
庭園で待っているのは、澄んでいる朝の空気と春の眩い太陽。
清四郎はこの光景を美しいと思う。


「青春はうるわし」


と思わず口にする。


「あ、ごめん。まだちっとも読めてないんだ」


悠理も思わず、正直に言ってしまう。


「良いんですよ、悠理。まだ読めてなくても」


そう、まだ読めてなくて良いと清四郎は思う。
何故ならその本は悲恋の物語だし、悠理にとってまだ読むには早いと知っていたから。
二人がもっともっと親密になって本当の“愛”について知ってからでも遅くはない、と彼は考える。


「すっかり春になりました」
「うん。気持ちいいね~」
「気持ち良いですね」


肩を並べると、時々触れる腕にときめきを覚える。
だから彼は鞄を持ち替えて、彼女の小さな手を取った。
小さな手は少し冷たかったけれど、すぐに彼の手の温かさが伝わった。


「悠理の手は小さいですね」
「清四郎のは大きいね」


恥らうように手を引く彼女の動きを止めるように、ちょっと強めに包み込む。


「今日は一日暖かいでしょう」
「うん。あたし、もう暑いよ」


見下ろすと悠理が俯き加減に頬を染めている。
そんな彼女を、清四郎は愛しいと思う。もっと、近付きたいと思う。
そして彼女もきっと同じ気持ちなのだろうと、繋いだ手から伝わるようで嬉しいと感じた。









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