こんばんは!
ご訪問ありがとうございます。
拍手・ランキングへのクリック、こちらもありがとうございます!
本日アップは、前々回の「中等部二年・・・」の続きです♪
「菊正宗!!」
突然後ろから声をかけられ、振り向きざまに腕を取られて校舎の曲がり角へと押される。
「わっ!剣菱さん!?」
「今、向こうから魅録が来るの。ちょっと驚かしてやろうと思って」
「え?」
曲がり角から覗いて見れば、この春僕達の学園に入学した“松竹梅魅録”が歩いて来ている。
中等部三年の時に彼女を通して知り合い、友達になった。
この学園にはおよそ相応しくない色の髪と、誰もが一瞬目を見張るような風貌は彼を疑いそうになるが、
言葉を交わすとそんな気持ちも一転する。
そう言う所はこの剣菱悠理と変わらなかった。
「ねぇ、もっと壁に寄ってくんないと!」
彼女は僕の背中をぐいぐい壁へと押す。
「早く!魅録が来ちゃうよ!」
子供のように彼女ははしゃぐ。
「魅録、びっくりするよ」
楽しそうな声がすぐ傍に聞こえる。
こんな近くに彼女を感じるのは久しぶりだった。
この前は何時だったろうと思い起こすと、そうちょうど二年前。
僕達がまだ中等部二年だった頃の時だ。
授業をさぼろうとする彼女の後を追い、結局、一緒に五校時を僕も受けなかったのだ。
あの時、僕は一番に彼女を近くに感じ、一番に彼女を知った時だった。
あの日以来、僕の心から彼女の存在が消える事はなかった。
「魅録・・・」
彼女は彼の名前を呟き、僕から離れて壁に身を隠すようにして様子を窺う。
「あ、魅録が来る!!」
彼女の声と同時に、僕は焦燥感に駆られる。
僕達に気が付かないまま横を通り過ぎる彼を、彼女と息を潜めて見ている自分にそう感じる。
彼女はゆっくり、気付かれぬように彼の後ろに回り込み、背中に触れようと両手を広げた時・・・
「こらっ!悠理!!」
突然彼が振り返った。
僕は咄嗟に彼女の腕を取り、走り出す。
僕達は笑いながら彼を撒き、校舎の裏へと逃げ出した。
二人で壁に寄りかかり、乱れた息を整える。心臓が音を立てるように鳴り、一気に汗が噴き出した。
「上手く撒けたかな?」
「撒けたでしょ」
彼女は先程と同じように壁に身を寄せて角から様子を窺っている。
僕も彼女のすぐ後ろに近付き、同じように角から様子を見た。
「大丈夫でしょ?」
「う~ん。多分ね」
僕を無邪気な瞳で見上げるものだから、ちょっとだけ頬が熱くなる。
けれど彼女には、走ったのが原因だと映るだろう。
言葉を失い、僕は話のネタを探す。
「えっと、これからどうします?みんなと出かける?」
「ううん。あ、そうだった。魅録とバイク仲間と出かけるんだった。
だから魅録を待ち伏せてたの」
「そう?」
「うん。結局また魅録を探さなくちゃ、だ」
魅録、魅録、魅録。
どうして?
どうして幼稚舎の頃から知り合いの僕じゃなくて、魅録なんだ?
僕との方が、ずっと長く知ってるじゃないか。
それなのにどうして知り合って数年の、アイツの名前ばかり楽しそうに呼ぶんだ?
「菊正宗、どうした?」
刹那、僕の中の迷いが明確になる。
僕を見上げている彼女の両手を取り、壁に押し付ける。
「どう・・・したの?」
両腕の自由を失った彼女の瞳は、一瞬の内に不安な色に変わる。
僕は額を彼女の近くの壁に押し付けて言葉を探す。けれどすぐには見つからなかった。
そうしたまま数秒、あるいは数分だったかも知れない。
僕にそうされたままの彼女は、いつものように抵抗するでもなくじっと我慢をしている。
僕はぐるぐると言葉を探し、それからやっと口を開く。
「悠理」
ずっと、ずっと前から口にしたかった言葉は、彼女の名前だったと思い出す。
「悠理、ごめん。魅録が待ってるね」
「ううん、大丈夫。清四郎と・・・ずっと一緒に隠れてたって言えば、大丈夫だからさ」
「うん」
あの日と同じように見つめ合い、笑顔を交わす。
互いの名前を呼び合った事で、緊張の糸が解れたように。
そしてどちらからともなく、僕達の体は離れていった。
二人で昇降口に向かって歩く。
今度はゆっくりで、他愛無いが会話が弾んだ。
意識をしないとこんなものなのかも知れない。
“悠理”と昇降口から魅録が迎える。
「どこ行ってたんだ?探したぞ」
「ごめん。清四郎と校舎の裏まで逃げ隠れてた」
「アホ。逃げ過ぎだ」
彼は安心したように彼女の背に腕を置く。
そして彼女の為に持って来ていた鞄を手渡した。
「清四郎」
彼女が僕を振り向く。
「はい」
「このまま、魅録と帰る」
「ええ」
「また、明日ね」
「ええ、また」
魅録が軽く手を上げ、彼女も手を振る。
「清四郎、バイバイ」
「明日な」
僕も二人を見て手を上げる。
しばらく校門に向かって歩く二人を見つめていると、不意に彼女が振り向いた。
僕の方を向いて大きく手を振る。
まるで・・・さっきの事は二人だけの秘密だよって伝えるみたいに。
だから僕も、それに応えるように大きく手を振った。