おはようございます。
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本日アップはショートストーリー。
大人の悠理ちゃんです。
窓の外ではまだ強い風が吹き続けている。
昨夜は嵐のように風が吹き荒れ、冷たい雨が窓ガラスを叩き付けた。
まだその激しさが残るように、目の前の林の木々が煽られるように円を描いている。
悠理はしばらくその光景を眺めている。
やがて灰色の雲から陽射しが洩れてくる。暖かな陽射しだ。
けれど風は無表情に木々を煽り続け、雲間には冷たさを感じさせる真っ青な空が窺える。
室内のエアコンディショナーの温度を上げ、コーヒーを作ろうとキッチンに向かった時、ドアがノックされた。
相手はもちろん分かっている。清四郎だ。
昨夜数年振りに父親の会社で再会し、食事と酒を共にしたのだ。
時間が随分遅くなった為に、彼女は現在所有するマンションの一室に彼を泊めた。
リビングのドアから廊下と壁で隔てたもう一室のリビング。そして寝室やシャワールーム。
彼女が友人達を時々泊める為に使用していた。
「鍵なんて掛けてないよ。入って」
ドアが音もなく開けられ、彼が入って来る。
「おはよう」
「おはよ。ゆっくり眠れた?」
「ええ。悠理は?昨夜は余り飲んでなかったけれど」
「最近、睡眠が浅いんだ。お酒の力を借りてもね、眠れない」
「何か悩んでるの?」
「ううん。体調の所為かな。月の半分はこんな感じ」
「そう。病院で診てもらったら?カウンセリングだけでも効果的ですよ」
「様子みて。コーヒー飲む?今作ろうと思ってた」
「ええ」
彼女は対面式のキッチンでコーヒーの準備をする。
清四郎はリビングのソファで、そんな彼女を何ともなしに見ていた。
顔色が優れない、化粧っ気を感じさせないその顔は、学生の頃とは随分違って大人びている。
端正な顔立ちが、余計にそう見せるのだろう。
もしあの時・・・と彼は思う。
もしあの時、僕が彼女の気持ちに応える事ができたのなら。
仮に今を、どのように二人で過ごしていたのだろう。
このような時間を過ごしていたのだろうか?
毎朝このように目覚めのコーヒーを彼女が淹れ、テーブルで向かい合いながら飲んでいたのかも知れない。
全て、良い仮定として。
「やだ。ジロジロ見て」
「思い出していたんです。あの時の事」
「あの時?」
「ええ。悠理が・・・僕に告白してくれた時の事」
「・・・・・」
彼女は目を逸らし、意識をコーヒー作りに集中させる。
思い出したくない記憶を、悪戯に甦らせたからなのか、彼女は怪訝な顔を隠せないでいる。
お湯が沸騰し、ポットからドリッパーにそれは移され、程なくコーヒーの香りが辺りを充満させる。
マグカップを食器棚から二つ取り出し、それぞれにたっぷりと注ぐ。
「正直に聴いていい?」
「ええ」
「あの時、どうしてあたしは断られたのかな?」
悠理は清四郎にカップを手渡し、彼の隣に座り込む。
彼女の手には、彼と色違いのカップが包まれるように持たれている。
「君には、僕が相応しくないと思ったから」
「!!」
「きつく聴こえるでしょ?多分。けれど、あの時の君には、僕はまだ不完全だった」
「・・・不完全?」
彼女は掠れたような声を出し、目を瞑り、ゆっくりと口元にカップを持っていった。
「不完全。僕は不完全だった。あのままでは君を傷付けるだけだと思った」
「恋愛に完全も不完全もあるの?」
「分からない、けれど」
彼女の両手で大切そうに包み込まれているカップは、まだ充分に湯気を湛えている。
ゆっくりと何度かに分けて、コーヒーは彼女の口に入っていった。
そんな彼女を清四郎は見つめ、自身のコーヒーを飲む。
少し濃いが、その苦さが二人の心情を表しているようだ。
それを察するように、悠理は口を開く。
「清四郎に振られてからもね、あたし、他の人に対して何度かそういう気持ちになった事があったよ。
恋愛って言うのかな・・・片想いの時もあったしね。ちょっといい感じになった時ももちろんあった」
けれどね。
「初めから完全な気持ちで挑んだ恋愛なんてなかったよ。
ちゃんとした想いだから好きだと認識するとか、完全だから気持ちを伝えるとかなんてないよ。
完全になってから恋愛をしようなんて、清四郎はおかしいよ」
不完全だからこそ想いはいつも不安で、脆くて、切なくて。
だからその想いを大切にしたいって願う。
もし互いの気持ちが通じ合えたなら、不完全なその想いを一緒に培って行くんだと思う。
手探りしながらさ。
清四郎はカップをテーブルに置き、軽いため息を吐いてから口を開く。
「随分大人になってしまったんですね、悠理は。僕は、まるで置いて行かれたようだ」
「今も変わらないの?恋愛すらも、完全じゃなくてはいけないの?清四郎君」
「どうだろう。多分、自分に自信がないんでしょうね」
「まさか。清四郎は完全だよ。うん・・・あの時は、そう思ってた」
「確かに、完全なんてあり得ない。殊に、恋愛に関して言えばね」
「清四郎は何でもできたけど、恋愛は不器用だよね」
二人は顔を見合わせて微笑む。
悠理もテーブルにカップを置き、ソファから立ち上がる。
窓の外では幾分風が弱まったようだ。窓辺に凭れ、じっと外を見つめる。
「前よりも況して、僕は君に相応しくないように思える。想いは、変わらないけれど」
彼女はゆっくり振り返る。
「あの時僕は、何時か君に相応しい男になって僕の想いも伝えようと思った。
でも時はただ過ぎて行くばかりで、あの出来事も現実だったのか分からなくなりそうだった」
「想いは、変わらないけれど?」
「ええ。想いは、変わらないけれど」
「もしあたしが今、ここでもう一度交際を申し込んだら何て言うの?」
清四郎はまっすぐ悠理を見つめ、微笑み、彼女へと向かう。
「こんな僕でも良いのなら、もちろんお受けしますと言います」
「何時かこういう日が来るといいなって思ってた。まさか現実になるなんてね」
「僕も。君は遠くなって行くばかりで、過去は過去のままだと思ってた」
「偶然?」
「いや、なるべくしてなったと信じます。長い道のりでしたが、僕の想いも悠理の想いも変わらなかったのですから」
「必然」
「ええ、必然です。僕にとって、今までの時間は必要でした。そうでなければ、完全さばかりを求めていました」
「あたしも必要な時間だった。清四郎への想いが強固だと分かったもん」
悠理・・・
彼は彼女の名前を囁き、華奢な体を抱き寄せる。
しばらく互いの温もりを確かめ合う。
夢みたいだ。
そう思ったのはどちらだろう?
けれど夢は、現実になるべくして二人の前に訪れた。