こんにちは!
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パパッと書き上げたのでアップです。。
誤字脱字等がございましたらご了承下さい。
屋内プールの天窓からゆったりとした午後の陽射しが流れている。
陽射しを受けている水面は規則的に幾何学模様を描き、滑らかに揺れていた。
プールでは誰も泳いでいない。
仲間達は昼食を取りにダイニングルームに向かったから。
僕と・・・珍しく悠理だけがこの場所に残っている。
彼女は今、水着姿でビーチチェアに寝そべって眠っている。
さっきまで魅録と、ずっと競い合いながら泳いでいたから疲れたのだろう。
僕は皆に先に食事を取るように勧め、彼女が目を覚ますまでここにいると伝えた。
彼女はぐっすりと眠っている。
まるで人形のように動きもしない。
ただ僅かに動く胸が(それは小さくても形が良かった)、安定した呼吸を表していた。
こうしていると本当に人形のようだな。
起きていると落ち着きがなく、時には辟易するほどうるさいのに、今は緻密な細工を施されている蝋人形のように美しかった。
美しいなんて形容詞が普段の悠理からは浮かんでも来ないのに、だ。
彼女に顔を近付けてじっと見ていると、すぅっと大きく息を吸い込むものだから、慌てて顔を離してしまう。
その事をちょっと残念に思いながら、僕も彼女と同じように体をビーチチェアに横たえ目を瞑った。
こうしていると小さな音まで聴こえそうだ。
彼女の呼吸する音も、水面の揺れる音も。
僕は急に眠気に襲われ、意識が遠退く瞬間、懐かしい香りを感じた。
“清四郎”と、名前を呼ばれたような気がして目が覚めた。
でも意識だけが覚醒し、体は動かない。やっと瞼を開いた感じだ。
眠る前から今でも香るのは、懐かしい記憶と甘く切ない想い。
「清四郎ってば。起きた?」
僕の顔を覗きこんでいるのは、さっきまで隣で眠っていた悠理。
困ったような、けれど僕の寝顔を楽しんでいた様子が窺える。
「みんなは?」
「昼食。今何時かな?食べ終わった頃かも」
「間もなく午後一時。終わったな」
「そう、ですね。一息ついて、戻るでしょ」
「起こしてくれればいいのに。お腹空いた。メシ、残ってないかも」
「まさか。あるでしょ。それに、魅録と競い合っていたから疲れたと思って、気を遣ったんですよ」
「そう。まあ、いいけど。早く行こうよ!」
「それにね」
昼食を急かす彼女を無視して、僕はまた目を閉じビーチチェアで体を隅々まで伸ばす。
「寝不足だと思って。ほら、僕からの課題があったでしょ?」
「あ、作文?え、期限ってあったの?」
「ないですけど、早めにお願いしますよ。添削だって必要だし、今年中には、ものにしたい」
夏休みの宿題にある作文。
今年は“人権”をテーマにした作文だった。
添削を頼まれて・・・案の定、文法表現はメチャクチャだった、けれど。
悠理の文章にはちゃんとした“正義感”や“友情”、“家族との関係”が描かれていて興味を持てた。
「悠理。学校の宿題はまぁ良いとして、ちょっと小説でも書いてみないか?」
もしかしたら、結構良い作品が出来上がるかも知れない、と僕は思った。
文法的な問題なら、僕が傍にいてアドヴァイスすれば良いのだ。
それに小説とは、文法の技術よりも人を惹き付ける文章力が必要なのだし、
彼女にはその素質があると感じた。
来年度、出版社が主催するコンクールにぜひ出品させたい。
「ジャンルは問わない。まずは自由に書いてみたら良い」
そうして自由に書かせてはみたけれど、最後まで書き上げられるものは何一つない。
時に冒険小説であり、ファンタジー小説であり、ノヴェライゼィション風だったりして面白いのだが、
ほとんどが掌編で完結しなかった。
悠理が吐いた深いため息が、プールサイドに風のように響く。
その小さな振動の所為か、何処かで水の弾く音が聞こえた。
二人で音の方を見たが、プールの水は滑らかに揺れているばかりで、水の輪を描いてはいない。
「もう止めたいんだけど。冒険でも何でも、突き詰めれば勉強不足だし、今更詳しく調べたり、ヤダ!」
「うーん。もっと身近なものを題材にしたら?例えば、僕達の友情とか」
「出逢った頃から、今まで?」
「でも良いし、限定した相手でも良いし。友情じゃなくて、女の子が得意そうな、恋愛をテーマにしても良い」
「恋愛!?まさか、あたしが!!」
ふざけたようにビーチチェアに倒れ込み、手足を椅子からだらりと下げた。
彼女の恰好が可笑しくて、しばらく様子を見ていると不思議な感慨に落ちた。
彼女のスマートな顎のライン、余分な肉などない肢体、細いながらも女性らしい丸みを帯びた腰周り。
困った事に、僕を男と認めていないのか、両足が微妙な形に開いていた。
同時に頭に浮かんだのは、彼女が最後まで文章を書き上げられない理由だった。
「経験、でしょうね」
「え?」
悠理はそのままの状態で視線だけ僕に向ける。
「今からいろいろ準備するには、ね。夏休みも終わっちゃうし」
「だから?」
だから“恋愛”なら、これと言った準備は必要ないし、進行しながら描く事だって可能だ。
友情は恋愛よりも相対するものが多いし、ある意味面倒くさい。
「だから、僕と悠理なら、描きやすいと思うんです」
「???」
「経験を積む事によって文章表現も豊かになるし、お互いの成長にも繋がる。
良いことだらけ」
「なんだー?そんなコトより、早くメシ行こうよ!!」
さてそれで?どうやって進行させる?
まずは二人が、恋人同士にならなくてはいけない。
片想いから・・・でも、どちらがって、僕からでないといけないのか?
悠理を振り向かせるにも、やはり僕の想いがないとダメか?
「うう~ん」
僕はビーチチェアで半身を上げ、悠理を見つめる。
そんな僕に、彼女は顔を赤らめて抗議した。
けれど頭の中で妄想が始まり、止める事ができなくなっていた。
例えば・・・例えばこのプールサイドで彼女を押し倒したらどうなるだろう。
力では僕に敵わないはず。
抵抗する体を床に押し付け、口付けと愛撫を繰り返して一気に水着を脱がせてしまう。
そうなると完全に抵抗はできなくなり、その間に僕自身を彼女の中に滑り込ませる・・・
「果たして、それは恋愛と言うのだろうか?」
まだ何か言いたそうな彼女をじっと見つめる。
けれど目の前の彼女と妄想の中の彼女が重なり、思わず自身の体が反応してしまった。
こんな時に水着姿だなんて、と自分を恥じた。
お蔭で彼女側の脚の膝を立て、反応した部分を隠さなくてはいけなくなった。
それにそんな風に彼女との関係を作ったら、恋愛どころか友情すらもなくなってしまいそうだ。
「難しいですね、やっぱり」
せっかくの初コンクールなのに。
「ねぇ~メシは?あたしと清四郎の恋愛小説を書けばいいんだろ?
ガンバってやってみるから、メシ行こうよ~!」
ビーチチェアから起き上がり、僕の腕を引く。
「え?」
「だって“僕と悠理なら”って、そう言うコトだろ?」
「ええ、まぁ・・・」
意外な(妄想はしていたけど)急展開に僕は呆気に取られる。
それは自分の予想を遥かに超えていたから。
「良いんですか?」
「いいって、今更!いいに決まってんじゃん!」
僕は恐る恐る起き上がり、彼女を見つめる。
体の反応はかなり落ち着いていたが、一応両膝を立てた。
「う~ん、さすが野性の勘ですね。僕の気持ちが分かるなんて」
「ひとこと余計だよ」
僕は彼女の細く滑らかな肩に手を置く。
肌はすべすべとして指が吸い付きそうで、弾力もあった。
「ねぇ、そろそろ・・・」
「悠理。黙って」
ダイニングルームに行きたがる彼女を制して唇に人差し指を立てる。
「な、なに?」
プールサイドに先程の静けさが戻る。
天窓の陽射しが幾分傾き、屈折した光が綺麗な線を描いていた。
悠理は少し驚いた瞳を僕に向けたが、重ねるように視線を返すと静かに瞼を閉じた。
長い艶のある睫毛が影を落とし、それが彼女を大人っぽく見せる。
「今から、進行形で」
僕はそう言うと、自然に閉じた彼女のふっくらとした唇に自分のそれを重ねる。
ただそうしているだけでも、心が疼き切なくなった。
「清四郎の匂いって、何だか懐かしい感じがする」
唇が離れて、彼女はそう言う。
「さっき、僕もそう感じた」
「さっき?」
「ええ。悠理が寝てる時」
ちょっと分からない、と言う風に首を傾げる。
「小説の書き出しは、キスからがいいの?」
ああ、と僕は思う。
悠理は、これも小説の為の経験だと思っているのだ。
自分で言っておきながら、何と言う事だろう。
心の疼きが、現実的な痛みに変わる。
やれやれ、これが恋の痛みなのかも知れない。
「小説は、もう書かなくても」
「どうしてさ?あたし、結構いいのが書けそう」
「え?」
「“恋”って、何だか変な感じ。キスも。嬉しいのに、どっか苦しい」
その気持ちを文章で表すって、ステキな感じがするんだ。
「ステキ、ですか?そうですね。悠理がそう思ってくれるなら、きっとステキな恋愛小説になりますね」
「うん」
僕達は見つめ合い、微笑みを交わした。
さっきとは違った僕達の関係に、心が満ち足りる。
ビーチチェアの上で向かい合い、互いの両手の指を絡めてまた唇を重ねる。
プールサイドの向こう側で、仲間達の驚いている顔が見えた。