夢の中であたしは走っていた。
地面に沿うように体を曲げ、全速力で走っていた。
息がとても苦しく、心臓の鼓動が胸を突き破るように鳴っている。
やがて足が鉛のように重くなり、とうとう息は上がる。
あたしは後ろに気配を感じ、恐る恐る振り向く・・・・・
完全に振り返る。
けれどそこには誰もいなかった。
「うなされてたよ」
誰かがあたしの額の髪をすく。
びっくりして飛び起きると、清四郎が困ったようにあたしを見て苦笑していた。
「すごくうなされていたから、起こそうと思った。けど、瞼が震えたから、すぐに目覚めるんだろうと、ね」
あたしと清四郎は、小さなベッドの上にいた。
ゆっくり辺りを見回している内に、思い出す。
ここは古ぼけたビジネスホテルで、シングルの部屋に二人でいるんだった。
それまでずっと途方もなく歩き回っていて、帰れなかったから、ここに入った。
ツインもダブルも部屋は満室で、フロントに何とか頼み込んでこの部屋に入れてもらったんだった。
ダブルの部屋の料金を払うことを条件に。
「ちょっと怖い夢を見てた。けど、もう大丈夫」
「どんな夢?悪い夢は言ってしまえば現実にならない。特に悠理は、ね」
清四郎は冗談っぽく言った。でも笑いは続かない。
「ん、忘れちゃった。イッパイ走って疲れた、そんな感じの夢」
「そう。まだ朝には時間があり過ぎるから、もう少し寝たらいい」
「清四郎は?」
「僕も寝ようか。ソファに寝るから気にしないで」
ベッドから離れようとして、あたしは清四郎のシャツを掴む。
「行かないで。ここにいて」
じっとあたしを見つめると、分かったって言って二人で寄り添った。
特別気持ちを伝え合った訳ではなかった。
顔をあげるといつでも目が合って、微笑み合うようになり、やがて肩を並べて歩くようになった。
いつでもいつまでも、こうしていられたらって、お互いに思っていたけれど・・・
だけど、仲間に打ち明ける勇気が出なかった。
きっと、誰もあたし達の関係を許してくれないだろうし、過去の経緯から、友達のままでいた方がいいって言われるに決まってる。
でも、隠れて会って居続けるにも限界だった。
あたし達に一番近い友達が気付き始めたから。
みんなに認められたいけれど、打ち明けた時、あたし達は終わってしまうような気がしてならなかった。
「こうしていたって、何も始まらないか」
清四郎は言う。
「でも話した時、終わっちゃうかも知れない」
あたしは答える。
「それは、分からない」
なら、どうすると言うのだろう?
「メールなら、うまく伝えられるかな」
「誰に?」
「野梨子か、魅録。気付いてるでしょ。失礼な時間だけど、メールなら許してくれるかも知れないし、僕達のことを心配している、きっと」
「僕、達・・・」
「ええ」
そうして清四郎がスマートフォンに手をかけた時、突然あたしのが鳴った。
「やだ。びっくり」
「誰?」
清四郎が手を伸ばす。
「魅録だ。出て」
「でも・・・」
躊躇していると、通話のアイコンに触れた。
清四郎は電話を差し出す。
仕方なく、それを受け取った。
「もしもし」
魅録は真夜中過ぎの電話を詫びると、早急に今いる場所を訊く。
「あの、ちょっと・・・待って」
言葉を探していると清四郎があたしの手からスマートフォンをまた取った。
「清四郎です。ずっと悠理といました。ここは都心から離れたビジネスホテルの一室で、眠れずにいました」
これまでのあたし達の行動を、清四郎は説明している。
でもあたしの頭には何も入って来なくて、だから急に声が高くなった清四郎に驚いてしまった。
「そう言うつもりではないんです、魅録。僕と悠理は、何もメンバーを裏切ろうなんて思ってませんよ!」
「清四郎、どうしたの?」
何を訊いても声を荒らげるだけの清四郎から、あたしはスマートフォンを奪い取る。
「魅録、何を訊いてるの?あたし達、別にみんなに嘘なんかついたりしてないよ。え?」
親友と思っていた魅録の口から、信じられない言葉が発せられる。
「な、に・・・?」
“そう言う関係だったのか、ずっと”
そう言う関係って、どんな関係なの?
緊張して冷たくなった手足が一変して、身体中が熱く震え出す。
「あたし達、何もイヤらしいことしていない!!」
スマートフォンを耳にしたまま自分でも訳が分からない言葉を叫んでいると、清四郎がそれを素早く取って通話を切った。
何度か着信が鳴っては切れる。
「どうしよ・・・あたし達別れなきゃいけない」
うなだれるあたしを清四郎は優しく抱き締める。
「悠理、そうじゃない。これからが本当の恋人になるんだ」
本当の、恋人。
そう、そうだよね。たくさんの困難を乗り越えて、本当の恋人になるんだよね。
あたしは腕の中から清四郎を見上げようと顔をあげた・・・
「よおっ、悠理!いい加減に起きろよ!」
突然頭に強い衝撃を受けて目が覚める。
「へ・・・?」
気が付くと部室のソファの上。
「いつまで寝てんだよ。そろそろ帰るぞ」
魅録が上からあたしを覗き込んで見ている。
「は、れぇ?」
どうしてここにいるんだ。
あたし・・・清四郎と・・・
「もうみんな帰っちゃいましたよ」
魅録の後ろから清四郎があたしを見て微笑んでいる。
「ブツブツ寝言言ってだぞ。試験の夢でも見てたか?」
あたしの鞄を投げつけて魅録が訊く。
夢、どんな夢って、あたしは・・・清四郎と・・・
「夢なんて、見てたか覚えてないよ」
白々しく答えて、ソファから降りる。
制服のスカートを整えていると清四郎がソファの上の鞄を手渡して言う。
「どんな夢?悪い夢だったら言ってしまえば現実にならない。特に悠理は、ね」
冗談っぽくウィンクされてドキリとする。
ナンだか、見透かされているみたいだ。
「予知夢だけは勘弁だぞ」
魅録は言うけど。
「もう・・・現実になりかけてる、かもよ」
二人ぎょっとしてあたしを見つめる姿がおかしくて。
「ジョーダンだよ。ねぇ、三人で帰りに何か食べてこーよー」
しょうがねぇな、って魅録。
その後ろを着いて行くと、清四郎があたしの隣に並んで歩き始めた。
「本当の恋人って、どんな感じでしょうね?悠理」
今度はあたしがぎょっとする。
「な、に・・・?聴こえてた?」
「何をですか?」
「何をって、寝言~!!」
さぁねぇ~、って白々しい!
これからはこれをネタにチクチク言われるに決まってる!もうっ!
最後まで知らないふりの清四郎。
まぁ、その方がいいんだけどさ。
ナンだか微妙な夢だった。
予知夢なんかにはなり得ないと思うよ、きっと。
ね、清四郎・・・