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半年くらい前からどっぷり“夏目漱石”の小説にはまってまして。。
すっかりそんな感じです・・・ご了承ください・・・
さて本日も続きをアップです。
この先、ちょっと難航しそうですが、頑張ります。
「もう、話す事なんてないんですよ」
「何故遅過ぎると強調なさるのか、そこが知りたいんですわ。
だってそうでしょう?あなたは過去に悠理の気持ちに気付いてやれなくて後悔している。
例えすぐに清四郎自身の変化を期さなくてもこれから少しずつ変化を遂げ、新たに関係を築いていらっしゃれば?
二人はまだ傍にいるんですもの。」
僕は今日何度目かのため息を吐き、広い居間へと入った。
僕達メンバー六人が親しくなってから常であるように、僕が悠理の家庭教師役だった。
試験前はもちろん、授業の遅れは僕が補習を行った。
僕は倶楽部ができた頃には彼女に対して特別な感情があり、そうした二人での作業は楽しくも自身の感情を抑制するのに苦労もした。
けれど彼女はまるでそれを見透かすように僕をからかい、時に嘲笑しているようにも思えた。
だから僕はその感情に気付かれぬように蓋を閉め、何事もないよう試みた。
彼女の笑顔も泣き顔も、幼い子供のように純粋で穢れなく、特に屈託がない笑顔は僕を魅了した。
そういう時は僕の感情の蓋は外れそうになり、また彼女もその蓋の存在を知るようにふざけた態度を取った。
そうなると僕は普段以上に冷静さを取り戻す努力をし、冷淡な態度を取った。
その日も週明けにある試験勉強の為に彼女の家を訪れた。
前日には約束してあり、特に変わった様子もなかったから、時間通りに彼女の部屋のドアをノックした。
ドアの向こうで「清四郎?」と元気のない声がした。
僕が室内に入ると、彼女は大きなソファの上に上半身を横たえて座っていた。
何でも少し前から体調が悪く、まだ誰にも伝えていないと言う。
「薬を持って来させましょうか?連絡をくれれば、今日の約束はなしにしても良かったのに」
「ううん。そんなに酷くはないから」
僕は彼女の隣に座って額に手を置いた。確かに微熱程度で、顔色もそんなに悪くはない。
「風邪の前兆かな?薬の手配をしましょう」
いつもは元気だけが取り柄の彼女であったが、その日は気の毒なほど小さく見えた。
僕はすぐにお暇するからゆっくりお休みなさい、と告げると弱々しい笑顔を向けた。
「清四郎、今日はとっても優しいの。いつもこうならいいのに」
弱々しくもとても嬉しそうに微笑む彼女を見て、僕は胸が痛んだ。
どれほど普段僕は彼女に対して冷たい態度を取っていたのであろう。
自身の心の裏を読み取られぬよう、知らず知らずに不愛想にしていたのだ。
そして彼女にこんな思いをさせてしまったのは僕なのだと深く反省した。
帰ろうとする僕を彼女は大丈夫だからと引き止めた。
薬と温かな飲み物と簡単な食事が運ばれ、二人でソファに並んで自分達や仲間の過去を振り返りながら食べた。
悠理の記憶は僕のそれよりもかなり鮮明で驚かせた。
「初等部の頃、あたしに消しゴムをくれたの覚えている?」
僕は最初、彼女が何について語っているか分からなかったが、彼女の事細かな説明により記憶が甦った。
確かにそのような出来事が二人の間にあった。
僕は買ったばかりの白い消しゴムに、彼女が読めない漢字の読み方をひらがなで大きく書き、彼女の机に向かって斜め後ろから投げた記憶がある。
だが、その後の記憶が定かではないと彼女に告げた。
「清四郎に消しゴムを返すって次の日言ったのに、もう要らないし記念だからあげるって」
唇を尖らせて言う彼女は、体調の悪さもあって痛々しく見えた。
だから僕は、まだ初等部だし、男女間の意識もあってきっと照れ臭さかったのでしょうと言った。
確かにそれは事実であったに違いはない。
そう言うとやはり彼女は安心したような、嬉しそうな笑顔をまた向けた。
「あたし、まだその消しゴムを持ってるよ」
普段は整理整頓すらできず、忘れ物の常習犯である彼女がそんな何年も昔の消しゴムを持っているのかと疑ったが、乱雑に教科書が置かれた勉強机の一番上の引き出しから彼女はそれを取り出した。
まるで先程まで手にしていたかのようにすぐに取り出し、大事そうにそれを手渡した。
なるほど、それは確かに初等部の頃の僕の字に違いなかった。
懐かしさもあって、大切に保管してくれた事に礼を述べた。
「あの頃はまだ仲良くなかったから、嬉しかったよ。
今もあんな感じに答えを教えてくれたらいいのにさ、ゲンコツしか飛んでこないじゃん」
僕はその言葉に声を出して笑ったが、親しくなってから余程無遠慮な態度ばかり取っていたのだと胸が痛んだ。
「いつか結婚する時、これは必ず持って行くって決めてるんだ」
彼女の突然の発言は、僕をかなり驚かせた。
そしてまたあの勝手な両親がお見合い話を持って来たのかと訊いた。
「うん。結婚式はまだ先だけど、婚約は高等部を卒業したら」
「悠理はそれで良いのか?ちゃんと自分の気持ちを伝えないといけません」
「自分の気持ちなんて。あたし家の為に何もできないから、せめて親が望む結婚くらいはしてやんなきゃ」
「結婚は本当に一生の事だから、良く考えてから返事をした方が」
「分かってる。だからお守り代わりにこの消しゴムを持ってく」
「そんな物は止めなさい」
「いいじゃん、あたしんだもん」
「まだ完全に決まった訳ではないでしょう?断ったら良い」
思わず語気を荒らげてしまったのがいけなかったのか、彼女は消しゴムを持って立ち上がった。
「結納は卒業後だけど、この間、内輪だけで婚約パーティやった。もう決まったんだ」
彼女の言葉は僕の胸を貫き、意識を遠ざけるようだった。
背中に何とも言えない嫌な汗が流れ、手足が一気に冷たくなった。
俯く僕に彼女は背中を向け、机の引き出しに消しゴムをしまいこんだ。
引き出しが閉まるコトンと言う音が、静寂な部屋に響いた。
その音の方に顔を上げると、彼女の澄んだ両の瞳が僕を見つめていた。