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さて、本日がラストです。
最後までありがとうございます!!
*この作品はメンタルヘルス的な要素や現実とは違う症状を描いております。
また年齢制限がある(若い方には不適当な)文章も含んでおります。
その為、このような文章をご理解いただける方のみご覧下さい。
十代のお若い方やメンタルヘルス的・年齢制限を感じさせる表現を好まれない方はご遠慮下さい。
読後の苦情も受けません。
魅録が見舞った翌日の日曜日、僕も悠理に会いに行った。
受付を済ませると彼女は病室にいると、直接の許可が下りる。
エレベーターを三階で降りてホールを過ぎるとすぐに彼女の部屋がある。
いつものように開け放されたドアをノックする。
「具合はどう?」
最初の日のように窓際の椅子に座って外を眺めている。
僕が声をかけても振り向く気配がないので正面に回った。
「悠理?」
まるで僕の声が聞こえていない素振りでも、そこには既に感情と言うものが元に戻っている。
昨日急に来れなくなった僕に拗ねているのだろう。
「怒っているの?魅録が来て説明してくれたでしょ?
急に協議会が入ったんですよ」
無表情に僕に視線を向けても、隠し切れない感情がある。
「黙っていても分かりますよ。ちゃんと知ってるんですから」
びっくりしたように大きな瞳を向ける。
「今週中には退院できるって、万作おじさんから連絡がありました」
午前中、僕の自宅に電話が入った。
嬉しそうなおじさんの声がまだ耳に残っている。その後魅録からも携帯に電話があった。
「それでね、今日は良い物を持って来ました」
僕は大きなスポーツバッグから学校の教科書や問題集、プリントをベッドに広げる。
「休んでいた分の授業を取り戻さないといけないでしょ。
だからさっき、大急ぎで揃えて来たんです。
退院までまだ少し時間があるんだから、これでもやってなさい。
解説書もちゃんとありますから」
僕の横から覗き見る彼女は、思い切り顔を顰めていた。
「あはは。悠理の僕への最初の感情表現が顰めっ面って、らしいって言えばらしいけど」
不機嫌に顔を背けると、彼女はまた椅子に座り込んで外を見る。
「ほら、だって仕様がないでしょう。みんなで一緒の大学に行くんだから。ね?」
背けたまま、何度か頷く。
みんなが一緒なら、多分頑張れるだろう、彼女も。
僕は彼女の横に立ち、同じように窓の外を見る。
きっと、こうしてこの場所に立つのも、今日が最後なのだ。
暫くの間、じっと明日に向かう遠くの空を見つめる。
初めてここを訪れた日は、あんなに荒れた天候だったのに。
昨日に続いて今日も穏やかな、春を感じさせる日だった。
静かなこの光景に、僕は郷愁を覚えた。
そう、あれは・・・彼女と出会って間もない、幼稚舎の頃だ・・・
「ねぇ悠理、地球平面説って知ってます?地球の形状が平面状、円盤状であるって言う昔の宇宙説」
彼女は外を見たまま肩を竦め、ゆっくりと左右に首を振る。
苦手な話が始まった事への嫌悪感が伝わって来る。
「僕はね、幼稚舎の頃、地球は丸いと知りながら、でもその説をちょっとだけ信じたいって思ったんです。
自分の部屋の窓から見える風景が世界の全てだと考えていたから、
近所の住宅地の屋根の向こうにある山を越えたら世界の果てだと思っていて。
悠理も笑っちゃうでしょ?」
そう言うと彼女は僕の方を振り向いて見上げ、少し不安そうな表情でまたゆっくりと首を振った。
感情は、完全に戻っている。
「自分はその目に見える範囲の世界で生きて行くんだろうなって。
その小さな世界で学び、何処かで働き、何時か出逢う誰かと結婚して。
幼い僕の中では、きっと聖プレジデントの大学を出て、お家の病院でお医者さんとして働き、
お隣さんの野梨子ちゃんと結婚するのかもって」
悠理は困ったような、笑いたいような、複雑な表情をする。
せっかく戻った感情なのに混乱させてはいけないと思う。
「でもね、その“僕説”を壊したのは、悠理ちゃんだった」
また驚いたように目を見開く。
僕はそんな彼女へ微笑んで見せる。
「お勉強だけが一番じゃなくて、お隣の野梨子ちゃんだけがお友達じゃなくて、
僕の部屋の窓から見える世界が全てじゃなくて。
逞しさや友情、仲間との連帯感・・・愛情。
僕の知るちっぽけな世界は地球平面説が蔓延りを終えたように治まり、
もっとずっと大きな世界があり、計り知れない人との繋がりがあると知った。
そしてそれを教えてくれたのは、悠理だった」
「僕は悠理に劣等感を感じていた時期もあった。
けれどそれはすぐに憧れになって、目標になって・・・いつしか優越感すら抱くようになった。
憧れていた大切な想いを、忘れてしまっていたんですね。
でも忘れ去っていたんじゃなくて、ちゃんと心の中にしまっていたから良かった。
今回の事で、悠理が僕から完全に去ろうとする事で、しまい込んでいた僕の想いを引き出す事ができた」
悠理は椅子から立ち上がり、僕の胸に凭れる。
だから僕は、その華奢な身体を優しく抱き締めた。
感じる温もりも甘い匂いも、変わらず彼女のものだった。
「辛い思いをさせて、すまなかったね」
僕の胸に頭を摺り寄せ、左右に振る。
「この窓から見える景色の向こう側は、地球の果てなんかじゃない。
もっとたくさんの知るべき世界が広がっている」
彼女は僕の胸でじっと耳を傾けている。
「そしてここにも・・・悠理の事も、もっと知りたい世界のひとつ」
その耳は、真っ赤になり始める。
「だから悠理、またセックスしよう。退院して体調が落ち着いたら、僕とまたセックスしよう。
僕と、愛のあるセックスをたくさんしよう」
『えっ!!』
驚いたように顔を上げ、それから自分の声に驚いて両手で口を押さえる。
「あ、出ましたね、声」
「うっ・・・うん」
大きな目をより大きくして僕を見上げる。
「出た・・・」
「おめでとう」
「あ、ありがと」
僕は喜びと共に彼女をギュッと抱き締める。
「しようね、悠理」
真っ赤になった耳は更に頬と首筋を染める。
彼女はそれを隠す事なく、しっかりと頷く。
悠理の声が出た事をメンバーに知らせたら、大喜びするに違いない。
退院の日が決まったら、みんなでここに迎えに来よう。
きっと明日には素敵な知らせが、悠理から直接届くのだろうから。