こんばんは。
ご訪問ありがとうございます。
今年の一番は何にしようと・・・重たい連載?・・・
なんて考えている内に、ちょっとボツネタができました。
ボツだけど、いきなりボツカテゴリーは悲しいので、タイトルをつけました。。
よろしかったら、どうぞ。
元旦から数日経って、あたしは夢を見た。
それはもちろん初夢でもなく・・・予知夢でもなかった。多分・・・
夢に出たのは清四郎。清四郎とあたし。
場所は図書館で、初夏のような柔らかい陽射しが届く窓際に向かい合って座っている。
珍しく優しい笑顔で、あたしに向かって何か話してるんだ。
手を軽く動かして、もしかしらた何か難しい問題の説明をしていたのかも知れない。
でもふっとそれが終わって、清四郎は真面目な顔になる。
まっすぐあたしを見て、真剣に何かを話している。
けれどあたしには聞こえない。全く何も聞こえない。
それは、ずっとさっきから続いてる事なんだ。ずっと、清四郎の声が聞こえないんだ。
“何しゃべってんの?”
あたしは言う。
けれど清四郎は、そう訊くあたしの声に気付いていない。
何度も訊くんだけど、清四郎にはちっとも聞こえてないんだ。
まるで・・・あたしの存在に気付いていないみたいに。
だからもしかしたら、あたしではない誰か、あるいはあたしを通り越した誰かに話しているみたいなんだ。
そして夢が覚めた。
目覚めた時はその夢の内容を覚えていなくて、ただ、ちょっと胸が重苦しかった。
どうしてかなって考えて、誰かからの受信メール音で思い出した。
正確に言うと、携帯画面の送信者の文字を見て思い出した。
だって清四郎からのメールだったから。
“おはよう。起きてた?今日は午後から勉強会だったけど明日に都合つけて欲しい”
文字を追うだけで、胸に鉛を押し込まれているみたいだ。
“おはよ。分かった。いいよ”
あたしは返信する。
胸の鉛を押し退けるように、重いカーテンを引き開ける。
どんよりとした雲が、空全体を覆っているのが見えた。
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初夢とは元旦から二日にかけての夢で、一年の吉凶を占う風習があるけれど。
僕は信じない事にしている。
深層心理学として夢分析する研究分野もあるが、それと僕が見た夢は別物と思いたい。
珍しく初夢を見た。
悠理が出てきて、僕に必死に何かを訴えている。
お腹が空いたとか、勉強会なんてイヤだとか、そんな普段の我が儘を言うのとは違って見えた。
彼女は真剣に何かを訴えている。
僕達は柔らかな陽射しの中にいて、彼女は時々噴水のキラキラした飛沫を浴びている。
けれど無邪気な笑顔なんかではない。
“悠理、落ち着いて下さいよ。もっと大きい声で言ってくれないと聞こえません”
僕はそう言うけれど、そんな僕の訴えは聞いてくれない。
だから僕は彼女に近付いて、その飛沫で濡れた腕を掴む。
それでも彼女の声が聞こえない。
腕に力を込めて引き寄せると、簡単に彼女は腕の中に治まった。
もちろん、彼女の訴えも静まった。
そして僕は、しっかりと彼女を抱き締めていた。
そんな感じで夢から覚めた・・・
目覚めた時、それが夢であると判断するのに時間がかかった。
彼女はまだ僕の傍にいて、その温もりがあるものと思っていた。
けれどそこには彼女の気配すらなく、抱き締めていたのは乱れたブランケットだった。
心拍数が上がっていて、体が異常なほど悠理を求めていた。
元旦にメンバーと会って元朝参りをした時は、特別なんの感情も起きなかった。
その前日の忘年会の時も・・・普段通りの会話をしたはず。
それなのに、何故?何故そんな夢を見たのだろう?
それ以来、彼女とは会っていない。
本当は今日、彼女の家で勉強会を予定していたけれど、とても会えそうにない。
感情を顔に出さないのは得意だけど、せめて明日まで気持ちの整理に時間をかけたい。
僕は彼女に勉強会を明日にして欲しいとメールする。
普段通りの簡素な返信が、僕の心を混乱させた。
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翌日、清四郎は悠理の自宅へ向かう。
気が重く、できれば更に一週間くらい先延ばししたかったが、三学期は目前に迫っている。
部屋へ案内されドアをノックすると、ちょっと顔を強張らせた悠理が彼を迎える。
「早速ですが、始めましょうか」
「うん」
窓際のテーブルには既にコーヒーポットとカップが置かれている。
清四郎が椅子に座るとすぐに彼女はコーヒーをカップに注いだ。
「ありがとう」
何事もなかったように装うのがお互いに辛く、清四郎は素っ気ない言動をし、悠理はそれを懼れた。
数学の問題の意味そのものが理解できず、悠理は清四郎をそっと見上げる。
けれど彼はその視線に気付かずに窓の外を見つめている。
彼女にはそれが自分を避けている事のように思えて辛かった。
まるで夢に清四郎が出てきてしまったのを知られ、非難されているようにさえ思える。
“どうして悠理の夢に僕なんか出るんです?初夢じゃなくて良かったですよ。
今年一年、悠理の夢に出ないといけなくなりそうですよ、初夢なら”
勝手な想像が、彼女を哀しい気持ちにさせる。
涙が溢れ、流れを抑えようとすると鼻水が出る。
近くのティッシュペーパーで鼻をかむと、その音に清四郎が気付いた。
「風邪ですか?」
「ううん。風邪じゃない・・・だってバカだもん」
彼女の自虐ギャグに、清四郎は困惑した。
笑って良いものか、多分、普段の彼なら更なる棘で彼女を突いたろう。
けれども彼は、例の初夢を見た後ろめたさがあった。
「そんな事、ないでしょ」
その返事が、悠理には会話すら拒まれているように取れた。
目を逸らし、腕時計で時間を気にする彼の行動が、自分と一緒にいたくないように思えて辛かった。
「ところで、問題解けました?」
「あ・・・」
「まだ?」
「うん・・・問題の、意味が、分かんない」
「ふ~ん」
彼は深いため息を吐く。
いつものように小言を並べながら彼女をからかい、問題を解く手順を教えたかったが、
傍に寄る事すら咎められる。
悩んだ挙句、彼は今日のところは帰る事に決めた。
「悠理。悪いが今日は帰る」
「な、なんで?」
「ん、勉強会って感じじゃないし」
「だってこの問題、分かんない」
「悪いが・・・」
腕時計を見たまま、清四郎は悠理に返事をする。
そんな冷たい彼の先程からの言動に、悠理はとうとう耐え切れずに声を上げて泣いた。
「わ~ん!!」
「どうした!?」
「だって、好きで見たんじゃないもん!」
「好きって、誰を?」
「清四郎が勝手に出たんじゃないか」
「悠理、何を・・・」
彼女の突然の嘆きに驚き、一瞬取り乱しそうになったが、
清四郎はテーブル越しに悠理の腕にそっと触れた。
「あ・・・」
涙で濡れた彼女の目を見つめ、茶色に澄んだ瞳を見つめる。
そうすると彼女は夢の中のように大人しくなった。
「夢を見たんだ。清四郎が出てきてあたしに何かしゃべってるんだけど、聞こえないの。
何度も聞こえてないって言うんだけど、ちっとも気付かなくて。
でも分かったんだ。清四郎、あたしに話しかけてるんじゃないって。
誰か、他の誰かに話してるって。だって、スンゴク優しい顔なんだもん」
「夢?」
「うん。だからあたしの夢だけど、あたしとは関係ないよ。
清四郎は誰かに話してるんだもん」
「なるほど」
「でも、哀しかった」
「どうして?」
「分かんない。う~ん、多分、清四郎が話してるのがあたしじゃないから、かな?」
「誰なんでしょうね」
「見た事ないほど優しい顔だったからなぁ・・・」
優しい顔。何でまたそんな夢を見たのだろうと清四郎は思う。
そしてどうしてその事が彼女を哀しませるのだろうとも。
けれどもそれ以上に、夢のシチュエイションが自分のものと似通っているのに驚いた。
「僕も夢を見たんです。僕のは、初夢でした」
彼は自身の夢の内容を彼女に説明した。
彼女を抱き締めたところや、目が覚めた時に体が異常反応を示していた事は省いた。
「ホントだ。似てるね」
「でしょ。僕達はお互いに何を話そうとしてたんでしょうね」
すっかり落ち着いた悠理の目はもう濡れてはいなかった。
むしろ、清四郎が見つめる事で安心しているようだった。
「分かるのは、お互いに真剣な話を伝えようとした事です」
「何だろう?何だと思う?」
「分かりません。予知夢でも正夢でもなさそうですしね」
「う~ん。夢が似てるだけか」
「まぁ、夢から覚めて、何だか重苦しい気持ちなのも似てますね」
普段は意識的に抑制させている事が、夢となって現れているのだろうか?
互いの、本当の声が聴きたくて仕方がないのか・・・清四郎は思う。
こうして、自分だけが特別に見た夢ではないのなら、別段不思議ではないのだろう、とも。
「夢の中の僕が話しかけていた相手は、やっぱり悠理なんだと思いますよ」
「どうして?」
彼女の腕に触れていた手に、少しだけ力を込める。
「一年かけてでも答えを出しましょうよ。きっと夢は現実となって現れると思いますよ。
心から知りたいと思うなら」
驚いたように悠理は清四郎を見上げる。
彼女に話しかける彼の表情は、まるで夢の中のように優しく、目は真剣だった。
“何だか、夢の話が分かったみたい”
彼女はそう思う。
けれどその事を口にはしなかった。
何故なら、一年かけてでも答えを出そうと言うのだからその間は一緒にいられるし、
既に答えを知っているであろう清四郎がそう言うのだから、その通りにした方が良いと思ったからだった。