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さてさて、秋もすっかり深まり・・・ふと描いたお話です。
精神的に繋がっていると知ってしまったら、もう引き下がるしかないと思わない?
秋雨が降り続いた土曜日に、可憐はそう悠理に向かって呟いた。
その日は朝から雨が降っていて、夕方の時間まで降り続いていた。
女の子だけの休日を過ごした。
ショッピングモールでずっと、可憐、野梨子、そして悠理の三人で。
特別何か買いたい訳でもない。
クリスマスプレゼントには早いし、ハロウィンの予定もなかった。
ただ可憐から突然、金曜日の放課後に誘われたから。
夕方までそうして過ごして、野梨子が先に帰った。
正確には、清四郎と夕方から夜にかけて約束があり、彼が迎えに来たのだ。
次に可憐が、今付き合っている彼氏が迎えに来ると言う。
だから悠理は、無事に彼の手に可憐が渡るまで一緒にいた。
フードコートではないレストラン街の喫茶店で、彼が来るのを待った。
その時可憐が、呟いたのだ。
「精神的に繋がっていると知ってしまったら、もう引き下がるしかないと思わない?」
悠理にはその言葉の意味を理解する事ができなかった。
「彼氏とうまくいってないって意味?」
「うまくいってるわ。表面上はね。優しいし、いつも一緒にいてくれるし。わたしが欲しい言葉も言ってくれるわ」
「じゃあ、いいじゃん」
「ん・・・けれど彼、本当は別に好きな人がいるみたいなの。もちろんその人と付き合っているんじゃないわ。
付き合ってるのはわたしとだけ。ただ、心の中でずっと想っているの。わたしは知ってるの」
「知ってる?」
「ええ。もちろん相手の女性は知らないわよ。でも分かるの。感じるのよ。
彼には別に好きな女性がいて、その人と精神的な恋愛をしているの」
「プラトニック・ラヴ」
「そうよ。悠理にも、ちゃんと理解できるのね」
可憐は悠理を見て微笑み、それから窓へと視線を動かした。
窓の外ではまだ雨が降っていた。
「肉体的な浮気なら、まだ気持ちは楽だったかも。そこに想いがないんだもの。
けれど精神的な恋なら、どうしようもない。太刀打ちできないわ」
「可憐と付き合ってから?」
「いいえ、多分違うと思う。彼と付き合っている内に、気付いちゃったの」
「うーん・・・」
そこで会話は途切れた。
可憐は泣いているようにも思えたけれど、涙は流していなかった。
悠理はかけてあげられる言葉を、見つける事はできなかった。
やがて可憐の彼が、口元に笑みを称えながら迎えに来た。
雨は・・・まだ降り続いている。
日曜日も、こうして月曜日の放課後まで。
幾筋もの雨水が、生徒会室の窓を流れている。
悠理は授業が終わってからずっとこの窓辺に寄りかかっていた。
「おや、まだいたの?」
突然ドアが開き、生徒会長が入ってきた。
「居残り?それにしても遅いですね」
そう、窓の外では刻々と夜に向かっている。
「お、もうこんな時間だったんだ。あれ、いつの間にかみんないないし」
「六時も過ぎました。ま、真面目にクラブ活動をしている連中は別ですけれど」
「ふん」
普段と違う悠理を尻目に、彼は手のファイルを棚に片付ける。
それから簡易給湯室でコーヒーを温めなおした。
「お嬢さん、どうぞ」
ちょっと煮詰まってますけどと、彼は彼女専用のコーヒーカップを手渡す。
「どうした?今朝からちょっと元気ないみたい」
「うん」
窓辺に寄りかかったまま彼を振り返り、手渡されたコーヒーを一口飲む。
漆黒の二つの瞳でじっと見つめられている事に気が付くと、悠理は迷わず先日の可憐の事を話した。
「どうしてその女と付き合わないで、可憐と付き合ったんだろ?
好きな人が胸ん中にいるんなら、その人だけを想えばいいじゃん。そう思わない?
こんなのズルイよ!違反だよ!可憐がかわいそうだ!!」
「きっと何かしらの事情があったんでしょうね。その相手の女性が付き合えない環境だったとか。
つまり、病気とか家の事情とか。両親に決められた婚約者がいるとか。
あるいは・・・既に結婚しているとか。
だから付き合えない。だから想い合っているしかない。だから、早く忘れなくてはいけない。
そうして、可憐と付き合ったのかも知れないですよ」
「そうなのかな。余計に可憐がかわいそう」
彼女はまるで自分の事のように傷付いていた。
深い茶色の大きな瞳から、零れるように涙が一筋流れ落ちる。
慌てたように彼は、彼女の頬を指で拭った。
涙は、外の雨水と違って随分温かだった。
「清四郎・・・」
彼を見上げる彼女の視線は真っ直ぐで、思わず頬が熱くなるのを感じた。
「で、どうして悠理がそんなに気になるの?
今までだって可憐の恋愛事情には、余り口出ししないどころか、毛嫌いしてたじゃないですか?」
それにどうして可憐は、この問題を野梨子に相談しなかったのだろうと思う。
「ん・・・ナンだか、可憐の気持ちが分かるような気がしたんだよ」
「えっ。また、何で悠理が?」
そう口にしてしまった事を清四郎はすぐに後悔した。
「彼氏がいつも可憐の傍にいながら、気持ちは別の所にあるって事だろ?
“好きだ”って言いながら、本当は心ん中で別の女に言ってるって事だろ?
そんなの辛いに決まってるよ。あたしだって、やだよ」
でもあたしだったら、一発殴っちゃうけど。
ん、一発じゃすまないか、あはは・・・
悠理はコーヒーを飲み干し、空のカップを持って簡易給湯室に消えた。
結局その後、清四郎が悠理の自宅まで送った。
彼女は傘を持っていなかったし、清四郎自身、悠理の兄に用事があったから。
彼は自分が持つ大きな黒い傘の下で、いつもとは違う彼女を感じていた。
会話は少なく、彼女はずっと何かを考えているようだった。
「悠理、恋してるんでしょ?」
悠理の兄との用事を終えた後、清四郎は彼女の部屋を訪ねた時にそう訊いた。
彼女はびっくりしたように目を見開いたが、そぐに視線は逸らされた。
「あたしが?そんなワケないじゃん」
「そうかな。僕は、悠理が恋していると思うんですが」
「まさか。誰に・・・」
彼女はそう呟いて、息を呑む。
指摘されて、多分彼女は初めて気付いたのだ。
清四郎はそんな彼女の姿を見て、綺麗だと思った。
同時に、今度は訳の分からない苦しさがやって来た。
いや、違う。
それはさっき、悠理への質問で得た後悔に似ていた。
悠理が恋をしているのは、彼自身、知りたくない真実だった。
けれど可憐の悲しみが理解できる以上、彼女も同じ境涯なのだ。
誰に?
多分、彼女の一番の親友。喧嘩友達。
彼は・・・国境も時空も越えた国の王女と愛し合ったまま別れた。
今でもきっと。これからも、彼の中で王女の存在は消える事はない。
それは清四郎も悠理も知り得た事実だった。
そんな彼といつも一緒にいて、けれどどんなに傍にいても、彼の想いは遠い国にあるのだ。
悠理は可憐の事で清四郎に指摘され、自分の恋心を知ったのだろう。
彼女の深い茶色の大きな瞳が、零れた一筋の涙が、全てを物語っていた。
可憐も、あるいはそんな悠理に気付いて心の内を伝えたのか。
今清四郎は、自身の悠理への恋心に気付いてしまっていた。
エントランスを出た時も、雨は降り続いていた。
体の芯まで凍りつくような冷たい雨だった。
送りの車を断り、清四郎は自宅まで歩いた。
雨の中を、ただ歩いていたかったから。
行き場のない想いを抱いて歩くしかないのは、悠理も可憐も同じだけれど。
秋雨が止む頃、それぞれの想いに新しい兆しがある事を願わずにはいられなかった。