こちらは有閑倶楽部二次創作小説ブログとオリジナル小説ブログです。 日々の出来事もつぶやいています。 原作者・出版社とは一切無関係です。 誹謗中傷・作品の無断転載は禁止です。 管理人の文章やブログスタイルが合わない方はご遠慮下さい。不快と感じたコメントは削除致します。
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「寒くない?」
そう問われて、悠理は思わず自身の両肩を抱いた。
清四郎の問いかけがまるで硝煙反応を示すようで、
先程までの美童との時間が両肩に残っているように思えたからだ。
「ううん、大丈夫」
けれど本当に、車内は暖かだった。
季節外れの温風機能が、彼女の冷え切った身体を温めている。
「夜はすっかり秋ですよね。そんな格好じゃあ、風邪ひきますよ」
「うん」
「後部座席に僕のトレーナーがあるから」
「分かった」
ぶっきらぼうに答える彼女を尻目に清四郎は軽くため息を吐く。
“どうした?”と訊いたところで、真実を言う訳がないと言う事を知っていたから余計だ。
彼の問いに一瞬だけ緊張が走った彼女だったが、その後はリラックスしているように思える。
清四郎の横で細長い足を投げ出すように伸ばし、両腕もそのようにして指先だけ組んでいた。
滑るように走る車。
美童と見たトンネルのオレンジ色の光も、温かな優しい色に見えるから不思議だ。
窓に映っていた乏しい光はすっかり消え、夜の帳に包まれていても淋しくはない。
途中、朝まで過ごす為のホテルに行く。
普段余り使う事がないそのようなホテルは、時間と身体を重ねるに相応しいだけの場所だった。
寝室の中央にある大きなベッドをぼんやり見つめている彼女を、清四郎は後ろから抱き締めた。
でもその抱擁は美童と違って自信なげで、それが少し彼女を苛立たせる。
同時に美童の気配に気付いてはと、彼女は彼からするりと逃げた。
「悠理」
「ごめん。日中、汗をいっぱいかいたから。先にシャワー浴びてもいい?」
「美童と・・・何かありました?」
“疑われるだけの事をしているの?”と彼女は思う。
「あ、あるワケないじゃん」
そう、ある訳なんてない。
疑われても、最後まで、完全に清四郎を裏切ってはいないのだから。
彼を避けるようにバスルームに行く。
安っぽい作りのそこで、美童の香水の匂いをかき消すようにシャワーの水圧をマックスにして流した。
二人の関係をメチャクチャにしたのは誰?
あたしをいつも不安させるのは何?
切り放そうとして、結局引き止める理由は?
満たされる事がない関係から自由になろうとしても、清四郎はその手を離さなかった。
冷たい言動を彼女に浴びせながら、抱く腕はいつも切なげだった。
だから彼女は・・・完全に彼を裏切る事もその手を振り払う事もできなかった。
進展のない関係に嘆いても、そうする事で変われない自分が空しかった。
急かすように動く、今夜の彼もそうだった。
自分の所為で、遠くに行ってしまう彼女を留めさせているようで哀れだった。
それは届かない想いを必死に告げているようで切なかった。
だから彼女は、美童との数々の秘め事が消えない記憶になるようで恐かった。
互いが秘める真実を隠すように、二人は与え合った。
彼女の中で、清四郎は静かに達した。
凍えるように彼女の上で震えたのを知り、合わせるように息を止めた。
こんな風に一つになれたのは久しぶりで、もしかしたら、こうした関係になって以来のようにも思えた。
終えた後の彼も優しかった。
ブランケットの中で、彼女の背中をずっと抱いている。
言葉で表してくれたら・・・
彼女は思う。
例え分かり切った想いでも、言葉が欲しいと願った。
それだけで、全ての哀しさを忘れられそうだった。
「悠理。ずっと、一緒にいよう」
その言葉を貰えたのは明け方の微睡の中だった。
意識を集中させないと、夢だと勘違いしそうだった。
すぐに返事をしようとして、彼女は躊躇した。
偽りではないかと、いつものように疑ってしまったから。
疑われるのは自分なのに。
「あたしは、どこにも行かないよ」
「ん。そうだよね」
分からない。
どうしてこんなにも切ないのに、愛しいのだろう。
“男と女が分かり合えるなんて、奇跡に近いね。だから面白いのさ”
美童・・・
男と女の関係を面白いなんて思えないよ、まだ。
清四郎は、自身が与えた言葉に表情を示さない彼女へ不安を覚えた。
今の彼女には理解する術はない。
彼が言う言葉の意味を、彼女は取り違えているのだ。
それは清四郎が一番よく知っていた。
普段持つその苛立ちを、彼は彼女への愛で追いやる。
あからさまな言動は、彼女にとって無意味どころか理解不可能なのだから。
けれど、もう違う。
彼は思う。
苛立ちでいつも通りに彼女へ背を向けたら、同じ事を繰り返すと学んだから。
自分の想いを彼女に伝えるには、正面を切らなければならないと美童に教わったから。
「悠理」
失う訳にはいかない彼女をもう一度抱き締める為に、清四郎は身体を起こす。
ゆっくりと振り返り、普段とは違う眼差しに気付いて見つめ返す。
もう一度肉体を交ぜ合せれば・・・二人が持つ不可解な闇に一条の光が差し込むような気がした。