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“額に手を置く・・・随分前からの清四郎の癖ですわね”
指摘されて、なるほどと思う。
全く気付かなかった訳ではなかったし、ちょうど今、その原因となる記憶を呼び戻していたところだったから。
初等部、中学年の頃だ。
水生生物調査が一学期と二学期の二回に分けられて行われた。
確か・・・二回目だったと思う。
僕の隣で調査についての不服を唱える幼馴染を尻目に、水質調査を順序立てて行った。
博物館の指導員の話の後は、生徒達の奇声だけが川辺に響いた。
状況を分からなくもなかった。
僕達が通う学園の生徒が、運動着に長靴姿で浅瀬に入り込むなんて考えられない事に近いのだから。
「こんな授業なんてごめんですわ。調査結果が書かれたプリントを配れば良いだけですのに!」
僕は溜息を吐いて川の水温を測る。
少し先で水飛沫が上がり、既に運動着をびしょ濡れにしている女子と目が合った。
「白鹿はナンにもしないで、菊正宗にだけ調べさせてんの?」
その女子は、意地悪な微笑を浮かべて僕と幼馴染の方へやって来る。
「僕が水温を測る。野梨子がそれを記録する。何もしていない訳ではない」
「あたしには、文句を言う白鹿にしか見えないけれど?」
喧嘩を売る彼女、それを買おうとする野梨子を制する。
「僕にも君が、ただ水遊びをしている風にしか見えないけれど?」
「ナンだって!?」
彼女は長靴でも足早に僕の真ん前に近付いた。
大きく澄んだ茶色の瞳は、僕を真っ直ぐ見つめている。
不思議と邪気は感じなかった。
思わず、その瞳に吸い込まれそうになる・・・
「清四郎?」
幼馴染の声ではっとする。
顔を逸らし、咳払いをして見せた。
「野梨子、今度は水生生物摂取だけど?」
「イ、イヤですわ」
「だろうね。野梨子はみんなにトレーを配った後先生と理科室に戻って、
摂取した水生生物をすぐに分類できるように準備しておいてくれる?」
「え、ええ。でも清四郎は?一人で摂取しますの?」
「いや、僕はこのまま剣菱さんと。ね?」
「ん?」
「得意だろ?川に入って石の下の生物を摂取するのさ」
「おもしろそう♪」
「君が生物を摂取する。僕がアルコールの瓶に入れる」
「ナンだよ!菊正宗だけ楽チンじゃん!」
彼女はそう言うと、僕の額に彼女のそれがぶつかる位に近付いた。
「ズルイヨ!」
「そうとも言う」
大きな瞳に、また吸い込まれそうになる・・・
「お二人とも楽しそうですのね。じゃあ、私は行きますわ」
軽く睨むように僕を見つめると、背中を向ける。
「相変わらず気が強い女。菊正宗が気を遣ったのに。ありがとくらい言えばいいのに」
「僕と剣菱さんとで調査するのもイヤなんでしょ、きっと」
「ナンでさ?」
僕はそれには答えずに、彼女の背中を軽く押して浅瀬に向かう。
川に入ると先程の事を忘れたように彼女ははしゃいだ。
もちろん、僕達はどの生徒達よりも調査が進んだ。
やはり彼女はこういう事に関しては要領が良かったから。
気付くと僕も運動着がぐっしょりと濡れていて、彼女とかわらない感じだ。
「剣菱さんのお蔭で、随分調査が捗ったよ。さすが野生児!」
「ナンだとーーーっ!!!」
思った通り、彼女は僕の額に頭突きをして食って掛かる。
語彙に乏しいものだから、直ぐに手が出て脚が出た。
摂取した瓶も記録紙も既に指導員に回収済みだったので、僕も思い切り彼女に向かって体を動かした。
「まあ、学級委員長までが剣菱さんと!?」
頭の先から長靴の中まで、僕と彼女は酷く濡れていて、担任に注意を受けた。
「菊正宗が悪い」
「まあ、そうとも言うさ」
「認めるの?珍しい、優等生のくせに」
「そうでもないよ」
学校までの帰り道、僕達は列の一番後ろに並んでそんな会話をした。
「でも、楽しかったな」
彼女は僕に向かって微笑んだ。
だから僕も彼女の顔を見つめる。
彼女の額は・・・うっすらと赤みを帯びていた・・・
「僕も・・・赤くなってる?」
そんな質問の理由が分からずに、彼女は自然と目を逸らし顔を背ける。
理科室での分類も終わり、川でふざけた罰として担任より後片付けを命令された。
二人で準備室に入り、文句を言う彼女に拡大鏡を引き出しにしまうように言いつける。
僕も顕微鏡を棚に戻して彼女の行動を確認する為に振り返ると、拡大鏡を持っていた彼女と正面衝突した。
「いってぇ~な!気をつけろ!」
「何で後ろにいるんだよ!?」
二人で額を摩り、一瞬睨み合った。
「どの引き出しか分かんないから。聞こうと思って」
「うん」
「ごめん」
「・・・いや」
「痛かった?」
「大丈夫」
「今日二回目だな。おでこぶつけたの」
互いの表情は和らいでいた。
故意じゃないのは・・・分かっているつもり。
「清四郎、先生が呼んでますわ。片付けは終わりましたの?」
突然準備室のドアが開き、幼馴染が僕を呼ぶ。
「今終わった。すぐ戻るから」
「分かりましたわ」
どちらかともなく手が伸ばされる。
二人で小さな拡大鏡を持ち、しまうべき引き出しの前に来た。
「川では先生に怒られちゃったけれど、虫取りは褒められた。
初めてだよ。菊正宗のお蔭だな」
「自分の得意分野をどんどん伸ばしていくといいよ」
「得意?虫取りとか体育とか?」
僕達は顔を見交わして笑う。
「協力してくれてありがとう!」
「うん」
彼女は悪戯っぽい笑顔を僕に向ける。
大きくて澄んだ茶色の瞳。
今度は、完全に吸い込まれた。
「またね」
三回目は、故意に。彼女から。
あるいは・・・三回とも、そうだったのかも知れない。
そして僕が、初めからそれを知っていていたとしたら。
“額に手を置く・・・随分前からの清四郎の癖ですわね”
幼馴染の指摘に、手は自然に自身の額に行く。
「癖になるほど衝撃的な事があったから、かな?」
「まあ、何ですの?」
「遠い、遠い記憶ですよ」
「教えて下さらないの?意地悪ですのね」
「上手く説明できないだけです」
つまらなそうな幼馴染の表情に、思わず顔を逸らす。
説明できない訳ではないのだけれど。
心穏やかでいられるか、不安なだけ。
「お二人さん、お待たせ!!」
相変わらずの彼女が現れる。
「バーベキューの買出し、終了!」
今日は川辺で仲間達とキャンプ。
あの時の川とは違うけど。
彼女は・・・あの日の出来事を覚えているだろうか?