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外では雨が降り続いていると言うのに、彼女はずっと開け放したままの窓辺に座り込んでいる。
窓の縁に雨が跳ね上がり、ジーンズが黒く濡れてしまう。
それでも彼女は、随分長い間そうして居座ったままで夜を迎えようとしている。
目を瞑り意識を集中していると、自分は窓の外にいるのか中にいるのか分からなくなる。
室内は窓を開けた時から雨の匂いが入り込み、同じように居座ったままだから、そう感じるのかも知れない。
あるいは・・・自分の中でも降り続ける雨が匂いを染み付かせているのだろう・・・
激しい雨音と荒い息遣いが、悠理の耳元に届く。
今の彼女にとって意味の無い行為は、ただ時間の無駄のように思える。
ベッドの軋みが耳障りで、だから自身を傘のように窄めさせた。
まだ彼女を求める肉体を急に締め付けられ、彼は達せられてしまう。
「急がせたろ?」
魅録は彼女の頭を抱え込むように暫くの間動かずにいたが、乱れた息が沈み始めた頃そう呟いた。
「何を?」
悠理は息一つ上がってはいず、そうした態度が彼にとって無関心を装っているように見え苛立たせた。
今回だけではない。
彼女が母親の元で働くようになってから何事に対してもそう見える。
「何が気に入らないの?」
「だから何の話さ?」
「もう、いいよ」
いつもなら・・・彼女を抱いた後、心地よい気怠さを感じながら転寝するのが常だった。
彼女も同じで、まるで懐いた猫のように彼に身を寄せそうしていた。
抱かれる事に無関心を装っていても、互いの温もりを感じる事で分かり合えていたように思えた。
けれど、今日は。
魅録にとって限界を感じた。
彼は勢い良く起き上がると近くにあったバスタオルで体を拭い、Tシャツとジーンズを身に着けて部屋のドアへと向かう。
「魅録!!」
彼女も同じように床に脱ぎ捨てられたままのシャツとジーンズを身に着けると、彼を追って部屋を出た。
「待ってよ!どこ行くの?」
ブーツを履くのに手間取っている魅録の横には備え付けのシューズボックス。
その上に無造作に置いてあるバイクのキーを、悠理は急いで手に取った。
「返せよ」
「やだ」
たった一回で、それ以上の言い争いさえも拒むように彼はドアの外へと出て行った。
雨は一体どちら側で降っているのだろう。
窓のあちら側なのかこちら側なのか、全く分からなくなる。
激しくなるだけの雨は窓辺に座る彼女を濡らし、雨音までも部屋の中に入り込む。
分かってくれていると思っていた。
魅録だけは・・・あたしの気持ちを分かってくれていると思っていた。
長い長い付き合いだもん。
でも・・・
言葉が無くても、分かり合えていると思っていた。
彼女が考えている事なんて、いつも手に取るように分かっているのだから。
だからこうして今まで、付き合って来れたのに。
二人が友達の境界線を超えたのは大学を卒業してから。
それぞれの道を進むにも、気持ちまで離れてしまう理由が二人には無かった。
友達から恋人へ心も体も自然に馴染み、週末を過ごす為に借りたマンションで時間を共にするようになって数年。
まさかこんな日が来るなんて、彼女は、あるいは彼も、思ってもみない事だった。
雨音が酷く不安に感じられるのは、当たり前だった日常が突然奪われたからなのかも知れない。
手を伸ばし雨を遮っても直ぐに手はびしょ濡れになり、腕を通って肘へと抜ける。
滴は幾筋もの線を描き、終には腕をもびしょ濡れにした。
魅録は・・・傘を持って行かないから、きっとこんなんより濡れちゃってる。
そう思って視線を下げた時、ボタボタと温かい滴がジーンズの太腿に落ちた。
泣いている自分に気付くと急に身体が熱くなり、シャツの胸元から自身に残る魅録の匂いが放つ。
突然、悠理は窓辺を離れ玄関へ走る。
これ以上雨に濡れちゃったら!!
彼に残る自身の匂いが消えてしまう。
そう、匂いだけでなく、激しい雨に魅録が彼女へ抱く想いも、二人の思い出も、
過去の記憶すらも流され消し去られてしまいそうに思える。
一層激しくなる雨の中、彼女は走る。
彼はタクシーなんて使わない。
ビニール傘もきっと買わない。
土砂降りの中、彼女と同じようにびしょ濡れになっている事だろう。
心で思うより、体は彼の行き場所を知っていた。
ああ、やっぱ、ここだ。
魅録はいつも二人が行くコンビニエンスストアの軒先に立っていた。
やはりびしょ濡れで、途方も無い感じで真っ暗な空を見上げている。
彼女が近付くと視線を移し、当たり前のように腕を伸ばす。
「傘、持って来なかったの?」
「ごめん。忘れちゃった」
「コンビニで買おうかどうしようか悩んでた。
悠理が来るまで待ってようかなって思ったり」
彼に肩を抱かれると安心したように身を委ねる。
冷え切った体は、直ぐに温められた。それは彼も同じだった。
だから素直に、自分の弱さを認められる。
「あたしが来ると思ってた?」
ちょっと心外、と言う風に。
「うん。あんなんで、終わらせられないから。そうだろ?」
「・・・ごめん」
雨で濡れたアスファルトに反射する車のライトが二人を照らす。
眩しそうに目を細めると、申し訳なさそうにライトが消された。
結局二人は、身を寄せるように歩き始めた。
ここで雨宿りをしていても、びしょ濡れには変わり無いのだから。
「仕事が合わない?」
「・・・・・」
「なら、辞めちゃえば?」
魅録はやはり分かっているのだと言う安堵感と、突拍子も無い言葉。
「へ?」
「合わなくて嫌な思いしてんなら、辞めちゃえば?」
「だって、辞めて、どうすんのさ?」
「辞めて・・・俺と一緒になっちゃう?」
悠理は立ち止まり、魅録をじっと見つめる。
彼の瞳は言葉以上に真剣で、視線が動かせなくなる。
雨は何時の間にか小降りになり、夜の静寂に車の走る音だけが響く。
「ばかやろ・・・」
「なんで・・・ばかやろ?」
「だって、こんなタイミング、あるのか?」
「タイミングなんて、こんなもんだろ?」
「そう・・・?」
戸惑う事なんて何も無いけれど、彼女は思う。
こんな風なら・・・
どんな事でも乗り越えられそうに思えて来る、自分の相変わらずの単純さに笑える。
「よう、返事は?」
「返事は・・・NO!!」
「え?」
断られる理由が思いつかない彼は目を剥いて驚いている。
そんな彼を見て彼女は笑う。
「仕事は辞めない。もうちょっと頑張ってみるよ」
「ん・・・」
「だって魅録がずっと、ずぅぅぅっと、傍にいるんだろ?」
彼女が言っている意味を理解して、彼は微笑む。
「そうさ」
「魅録がいるなら、頑張れるよ」
気付けばそれも単純な事。
言葉に表せばもっと早く伝わる真実。
それを教えてくれるのは、やはり魅録しかいない。
「ありがとね、魅録」
彼はまた腕を伸ばして悠理の肩を抱く。
「ん。タイミング・・・もしかして探してたのかもな」
「え?」
「俺、悠理が迎えに来るって分かってたもん」
激しい雨に二人の想い全てが流されるなんて、彼女には耐えられなかった。
だからこの雨の中、魅録の元へ走った。
彼も同じ気持ちでいた事に、改めて喜びを覚える。
「雨、止んじゃった?」
どちらからとも無く空を見上げると、黒く厚い雨雲から星空が窺える。
止まない雨は無いなんて、分かってはいたけれど。
ちょっとだけ失いかけた日常が、こんなにも幸せだと知らされるなら。
「雨も、悪くないかも」
「え?何?」
「ううん、何でもないよ」
もう魅録の腕から離れないようにしよう、と彼女は回されている腕に頬を寄せる。
そんな彼女を包み込むように、彼の腕に力が入った。