こちらは有閑倶楽部二次創作小説ブログとオリジナル小説ブログです。 日々の出来事もつぶやいています。 原作者・出版社とは一切無関係です。 誹謗中傷・作品の無断転載は禁止です。 管理人の文章やブログスタイルが合わない方はご遠慮下さい。不快と感じたコメントは削除致します。
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一日中振り続いた雨は、放課後になった今も降り続いている。
迎えはもうすぐ。
だって、雨は朝からだもん。
二階にある薄暗い教室の中で、悠理は窓辺に寄りかかりながら外を見つめている。
誰もいない。
どの生徒も、迎えの車が来ていたから。
彼女にだって迎えは来る。
けれど先程、運転手の名輪からの連絡で少し遅くなるとか。
もちろん、窓の外に色取り取りの傘があるように、歩いて帰る生徒だって少なくはない。
傘を持っていない彼女は、わざわざ濡れる為に外に出るなんて『今は』考えられない。
それに彼女には、迎えが遅い名輪をじっと待たなくてはいけない理由があった。
先週、放課後になって突然雨が降り出した。
居残り教室で一人だった彼女は携帯電話を取り出し、名輪へ迎えの電話をした。
ところが彼は今、ご夫妻のお供で都合がつかないと言う。
他の運転手を回しましょう、と言っている途中で彼女は電話を切った。
居残りと言う事で既に不機嫌な上に、突然の雨と迎えがないのに腹が立ったのだ。
「ええいっ!もう!!」
悠理は居残り生徒用のプリントを机に放置して教室から逃げた。
昇降口で酷くなるばかりの雨に躊躇しながらも、外に駆け出す。
でも一分もしない内に、彼女は大きくて地味な傘の中に引き込まれた。
「清四郎!?」
「なんでこんな雨の中?迎えは?」
何時もなら、放課後はさっさと帰る彼女がこんな遅い時間に、しかも土砂降りの中。
「あ、居残り?」
「そ、そう」
「迎えは?」
「今日に限って来れないって。だから」
「送りますよ。部室に寄れば良かったのに。
生徒会の資料を作っていたんですよ。みんな帰っちゃったけどね」
「うん・・・あ、でも・・・」
またしても、の状況に今度は混乱する。
友達とは言え異性の傘の中。しかも苦手な生徒会長。
これなら雨に濡れて駆けた方がマシに思える。
「やっぱ、いいよ!清四郎んちとは反対方向だし。途中で魅録んちに遊びに寄るから」
彼女はそう言うと雨の中へ再び駆け出した。
「悠理!?」
けれどあっと言う間に取り抑えられた。
「こらっ!待てよ」
掴まれた腕を払っても、清四郎の力には彼女も敵わなかった。
「痛ぇ~よ!離せ!」
「遠慮は不要」
「えん・・・だって、これじゃあ、ラブ傘じゃねぇーかっ!」
「え?ラブ?」
不意の悠理の言葉に、清四郎は唖然とした。
そんな彼の手をやっとの思いで払い、彼女は急ぎ足で傘の外に出る。
後ろでゲラゲラと彼の笑い声がするのを無視し、彼女はずんずん歩いた。
「う、ぷぷ。ほら、濡れますって」
笑いを堪えながら、彼はまた彼女を傘に入れる。
「いらない」
どんなに早く歩いてもすぐに追いつかれるので、彼女は清四郎の手から傘を奪った。
「しつこいな!そんなに貸したいんなら、傘だけ借りるわい!」
「ダメ!僕が濡れるでしょ?風邪ひいたらどうすんですか?」
悠理の手から傘は簡単に奪い取られ、ついで腕をまた掴まれる。
結局、“風邪ひいたら責任取れ”だの“治療費出せ”だのと言う清四郎の暴言に、彼女は負けた。
ラブ傘で剣菱邸まで送ってもらった、が。
どうもそれから、彼女の中で何か様子がおかしいと自身で感じる。
清四郎を見るとドキドキして顔が熱くなるし、言葉が旨く出て来ない。
そして、彼が今までに無く遠い存在に思える・・・これは、ひょっとして・・・
雨はまだ降り続いている。
教室は湿気を帯びていて、くせっ毛の悠理の髪は必要以上に跳ね始める。
そう、この間みたいに・・・突然の雨で、迎えがまだで・・・
痺れを切らして昇降口を飛び出して、あいつが・・・
あの日の、心が締め付けられるような記憶が甦る。
胸が痛いのに、こんなにも淋しいのに、手放す事が出来ない想い。
あんなシチュエーション、またあるもんか!
それにまた同じシチュエーションに合った所で、彼女は対応に困る事だろう。
だからこそ、迎えが遅い名輪を待つしかなかった。
何時しか雨は小降りになり、夕方の陽射しが薄らし始めた雨雲の間から窺える。
彼女は教室の窓を開け、雨上がり特有の匂いを思い切り吸い込んだ。
それと同時に、真下の昇降口から捜し求めていた大きくて地味な傘が見えた。
「あ!!」
まるで恋する乙女のように両手で口元を押さえた。
どうしよう・・・走って行こうかな・・・
何て悩んでいるのも束の間、その傘には持ち主以外にもう一人の存在があった。
「あーっ!!!」
魅録!なんで!あの二人っ!!
二人の大男が肩を並べて歩いている。一つ傘の下で・・・
彼女から見えるのは地味な傘と二人の足元。
けれど確かに“清四郎と魅録”。
きっと窮屈な傘の中で、熱心に何か小難しい話題を語り合っている事だろう。
甘く切ない彼女の小さな恋心も、何だかおちゃらけて来る。
「キモ微笑ましいじゃねーか!」
悠理は制服のポケットから携帯電話を取り出して名輪に電話をする。
雨が小降りになった今、迎えなんていらないから。
理由無く淋しさだけを感じる恋よりも、篤い友情でまだ繋がっていたいから。
まだ。
そう、まだ幼い彼女には、その方が幸せなのかも知れない。
だから。
彼女は一気に昇降口まで駆け下り、夕方の陽射しの中でまだ小雨が降り続いている外へ出た。
少しくらい濡れたって、こんな面白いシチュエーションはそうないから。
「よーよー、お二人さん!相変わらず仲がいいなー。どこ行くの?」
びっくりしたように振り向く、大好きな友達。
「悠理!」
「また居残りか?」
彼女は二人の間に入り、清四郎の手から傘を奪う。
「もう雨は止んだぞ」
そう、悠理が外へ出た途端、雨は止んだ。
強くなり始めた陽射しが、黒く濡れたアスファルトからコールタールの匂いを出す。
「三人でどっか行こうよ」
眩しそうに空を見上げる魅録。
呆れたように悠理へ微笑む清四郎。
だから悠理も、二人に笑顔を向ける。
「三人でどっか行こう」
「うん、どっか行こうぜぇ」
「どこ行きましょうか?」
彼女は後ろ向きのまま楽しそうに肩で清四郎の傘をクルクル回し、二人へ話しかけながら歩き始める。
そんな彼女について行く二人。
そう、複雑な関係を描くには、まだ彼女は幼過ぎるから。
雨は完全に止んだ。
気持ちの良い夕方の陽射しも、息苦しい程の暑さに変わる夏は・・・もうすぐ。